「拭いた方がいいですってば!」

ハンカチを持った手を彼の顔の傍に(かざ)すと、驚いたようにこちらを見つめた目と視線が交わった。

水滴が静かに髪の毛から頬を伝う感触。
それを拭う事すら忘れてしまう程に、その目から視線を逸らせない。

彼の手が再び私の腕に触ったのと同時、
唇に触れた感触に、耳に届いていた雨の音が消えた。

コンクリートの匂いと、街路樹が雨に濡れる匂いが混じり合って緩やかな波のように押し寄せてくる。

ゆっくりと唇が離れると、思わず止めてしまった息を静かに吐き出した。
再び耳に届いた雨の音と共に彼の呟くような声が頭上から降ってくる。

『…ごめん』

「いえ、謝ることなんて…ないですから」

そう答えた私の声は足元へ静かに落ちていく。
このまま脳が茹で上がってしまいそうな程に顔が熱い。

『いや…少し焦りすぎた』

そう呟いた彼をゆっくりと見上げた。
その視線はまっすぐに正面を見つめている。