5月3日は特に予定もなかったので、岸本に連絡を入れて(山口)恭平と3人で遊ぶことにした。岸本の叔父が県北でカフェをやっているとのことで、とりあえずそこを目的地にしてクルマを走らせている。薫が自分のを出しますと申し出たのだが、「運転好きだから」と岸本が愛車のクーペで迎えに来てくれた。助手席に薫、リアシートに恭平が座っている。
「薫さん、また黒くなってません?テニス焼けですか?」
「うん、試合とか練習とかでさ。うちの家族って母親以外はすぐに真黒くなるんだよね」
「榊家ってテニス一家なの?」
「親父はちょっとやりますけど母親は色の白さが自慢みたいで絶対にやりませんね。」
「妹さんは大学生でしたっけ?」
「そう、N大の3年。飲み会ばっかり行ってるよ」
渚は母の影響で懐メロが得意だ。乗ってくると中〇明菜とか山〇百恵とかを振り付きで歌いだす。同級生から引かれてないだろうか。
「大学生か、いいなあ~。でもオレが入れる大学なんて無いか、ハハハ...」
まだ授業が始まってひと月足らずだが、薫の目から見ても恭平の基礎学力は結構低い。2年間の学習で国家試験の合格レベルに達することができればいいのだが。

途中休憩を入れて一般国道を2時間ほど走ると県北のS市に到着した。岸本の叔父が経営するカフェはベイエリアにあってなかなか繁盛しているようだった。
メニューをしばし眺めたが、結局3人とも地元名物といわれるSバーガーを注文した。
分厚いバーガーはなかなか食べにくい。3人が苦労して口に詰め込んでいると、
「あれ、あそこにいるのって坂木さんじゃないですか?」
恭平が薫の後ろを指さして言った。
「そうだな、一緒にいる男はカレシかな?」
薫が釣られて振り向いてみると、三つ離れたテーブルで確かに梓が飲み物を飲んでいた。
「声かけてみます?」
「やめろよ、デート中だったら気まずいだろ」
「男もイケメンですね。美男美女のカップルか~」
薫がちらりと見ただけでも一緒にいる男性は細面で整った顔をしていた。梓の表情が柔らかいということはそれなりに親しい間柄だということなのだろう。そういえば付き合ってる男がいるかとかの話もしたことないな。いつもするのは非現実的な話題ばかりだ。昨日の彼女とデートするだの時空を超えた愛について会話したことはあるが、現実の恋愛について彼女から聞いたことはない。
薫が無意識にそういう話題を避けてきたのかもしれない。

別に悪いことをしているわけでもないのに何かそれ以上居辛くなった3人は、そそくさと食べ終えて勘定をするためにカウンターに向かった。
その時「あっ!」という声が聞こえて薫が振り向くと、梓が立ち上がってこちらを見ていた。岸本と恭平はすでに出口に向かっていたので気づいたのは薫だけだったから、ふたりには何も言わず軽く手を振って店を出た。
梓が何か言いたげにしていたのが見えたが単に挨拶しようとしただけだろう。
少し話くらいすればよかったかな。
(やあこんにちは、一緒にいるのはカレシかい?)
(ええ、紹介するわ。婚約者の...)
さすがにないか。

その日はN市まで戻った後、岸本の自宅にクルマを置いて呑みにでた。結局薫が自室に戻ったのは朝日が昇るころとなり、服を脱ぎ捨てるようにしてベッドに倒れこんだ。
ローテーブルの横に人型に盛り上がった寝袋があった。また渚が来ていたようだ。今日も熱唱したんだろうか。