薫が実家に戻るとヨシツネが真っ先に出迎えてくれた。
「おーい、ヨシツネ、優勝したぞ」
顔をなめられながら、汗びっしょりなのに塩辛くないのかななどと思う。
ラケットバッグを2階の自室に置き、汚れ物を持って階段を下ろうとすると、妹の渚が下から見上げていた。ノースリーブのTシャツにショートパンツというスタイルで、手足が健康的に日焼けしている。髪はベリーショートだ。
「兄ちゃんおかえり。試合どうだった?ひさしぶりだったでしょ?」
渚はN大学の3年生で薫ほどではないがテニスでそこそこの実績がある。
「ああ優勝したよ。まだイメージ通りにボールが行かないときが多いけど、まあ今はこんなもんじゃないかな」
「さっすが無敵の“キングサカキ”は違うねえ」
キングサカキとは県内で無敗だった高校時代のあだ名だ。面と向かって言われると相当恥ずかしいのだが。
「ハイハイ、で、お父さん帰ってる?」
「もう風呂上がりの一杯やってるよ」
「おっ、じゃあ僕も急いでシャワー浴びてご相伴にあずかるかな」

家族四人そろって夕食をとるのは久々だった。薫は学校の近くにひとり暮らしをしているし、渚は大学3年ともなると付き合いだなんだで忙しい。
「優勝したんだって?さすがはキングサカキ!おめでとう」
父の信也が茶化すように言ってビールのグラスを掲げる。信也は今年で56歳になるのだが腹も出ていないし髪も黒々としているので、とても若く見える。
職業は自称“優秀なエンジニア”だそうだが、そこそこの高給取りのようなのでまんざら嘘でもないのだろう。
「薫、明日向こうに戻るんでしょ?洗濯物乾かしとくから忘れないようにね」
母の涼子は50歳。ショートヘアにスリムな体形で父親同様若々しい。「渚と一緒に歩いてると姉妹ですか?なんて言われるのよ、テヘッ」などとうぬぼれたりする。涼子は看護師の資格を持っており、今は近くの特別養護老人ホームに非常勤で勤めていた。

「でもまあ、薫がまたテニスをやるようになってよかったよ」
信也が少しだけしんみりとした顔で言う。
「これもひとえに皆様のご支援あってのこと」
薫が深々と頭を下げると渚がプっと吹き出した。
「さあさあメインディッシュを出すわよ」
涼子がそう言って立ち上がる時目が少しうるんでいるようだった。
「あ、兄ちゃん、そう言えば明日ゼミの飲み会なんだけど泊まりに行っていい?」
渚が敢えて話題を変えたように言った。
「なんだまたか。勝手に入っていいから静かにしてくれよ。明け方に起こされるのって嫌なんだから」
「サンキュー、寝袋出しといてね」
大学のあるN市からI市行の最終電車は23時50分だ。渚の参加する飲み会はほとんど明け方まで続くらしく、薫の部屋は簡易宿泊所代わりに使われている。
「渚ってカレシとかいないの?」
「う~ん、今はこれといっていい男がいないのよね。理想が高すぎるのかな?」
「そうだな、僕を基準にしたら厳しいかもな」
「何言ってるんだか。私ブラコンじゃないからね」
オレの妹がこんなに...やめておこう。
「さあ食べましょう!」
メインのビーフシチューが食卓に乗り、「うまい」「美味し~い!」とめいめいに感想を言いながら榊家の食事は和やかに進む。