四月も後半に入るとクラスもだいぶ打ち解けた雰囲気になってきて、隣の坂木梓とも気軽に雑談するようになった。内容は推して知るべし。ケモノが世界のど真ん中で愛を叫んだり、人形みたいな女の子(成人)と決して死なない男が嘘の推理で怪異をだますお話とかだ。
ところが一つ問題があって、教員やクラスメートが薫や坂木梓を呼ぶとき“サカキ”という音に二人同時に反応してしまうのだ。
最後まで聞けば「サカキクン」「サカキサン」で区別がつくのだが、当人たちにしてみれば少々メンドクサイことには違いなかった。

薫は思い切って提案することにした。
「坂木さん、もし嫌じゃなかったらファーストネームで呼ぶことにしない?どうにも紛らわしくて」
ヘイ、アズ。ハローカオル!
「私もそう思ってました。いつ切り出そうかと...」
「それじゃあ梓さんって呼んでいいかな?」
弱気になった。
「いいですけで何か語呂が悪くないですか?アズちゃんでいいですよ。友達もみなそう呼ぶし」
「分かった、僕のことは薫って呼び捨てでいいよ」
「いやさすがにそれは無理、薫さんって呼ばせてください。」
その日は呼び名のコンフュージョンが解決した日になった。

二人がそう呼び合うようになると、周りもに“アズちゃん”、“薫くん(さん)”という呼び方が定着していった。
教員たちは坂木さん、薫くんという風に区別している。授業中にアズちゃんと指名するのはさすがに抵抗があるのだろう。

四月最後の金曜日、ホームルームで担任が話していた。
「明日から九連休ですね。まあ大人の方々には特に申し上げることもないんですが...」
担任の花田は42歳だがクラスには彼より年上の学生が数人いる。やりにくいだろうな、と薫は常々おもっていた。花田の話が続く。
「新卒の皆さんはまだ未成年です。楽しく遊ぶのは結構ですが酒やその他危ないモノにはくれぐれを注意してください。もし何かあったら私に遠慮なく連絡をお願いします」
介護福祉士養成科という悪く言えば地味な学科だけあって、新卒の学生たちはみな真面目な子が多い。薫の目から見ても問題を起こしそうな者はいなかった。

その日の授業がすべて終わった後、岸本が話しかけてきた。
「薫くんは連休中何か予定あるの?」
「テニスの大会があって練習も何日かやる予定です」
薫は久々に試合に出るのだ。最近は練習も頑張っている。
「そうか、薫くんはテニスやるんだったな。じゃあもし空いてる日があったら(山口)恭平と三人で遊ばない?」
「いいですね、仲間と練習する日を打ち合わせてそれが決まったら連絡します」

明日からゴールデンウイークだ。