一限目の始まりは9時30分だがその前に10分間のホームルームがある。
「今皆さんには出席番号順に座ってもらっていますが、今から席替をしたいと思います。」
数人から「は~い」と返事がある。
「基本的に毎月やろうと思ってますが、視力その他の事情で前のほうがいいという人は申し出てください」
尾上という40くらいの男性と後藤という巨漢の女性が希望して一番前の席をあてがわれた。
(でかい!)おそらくクラス全員が(教員含む)同じ感想を抱いたと思うが、後藤さんは縦も横も大きかった。薫の頭の中には受験勉強で覚えたhugeとかenormousやmassiveといった単語が浮かんできた。あの体で最前列に座られたら後ろの席の者はボードの字が見えないんじゃなかろうか。
ともあれ教室には二人掛けの机が3列に並べられていて、薫は一番窓側の最後列という席になった。アニメやコミックで主人公がよく座るポジションだ。男が後ろから2番目で最後列にエキセントリックな女子が座るパターンもあったかな。
荷物を持って移動し着席すると、右隣りに髪の長い女の子が荷物を置いた。坂木梓だった。
(人見知り同士よろしく頼みますよ)
薫は心の中で手を合わせた。

「えっと、坂木さんでしたよね?僕もサカキなんで変な感じだけどよろしくお願いします。」
ここは年長者から話しかけるべきと思って薫が挨拶すると、
「坂木梓です、よろしくお願いします。」
きちんとお辞儀をしながら返事を返してくれた。
正面から顔を見ると切れ長の二重の目がきりっとしていて、可愛いというより美人の部類だ。色は白くソフトボールをやっていたようには見えない。
(たしか女子高出身って言ってたから同性にモテただろうな。タカラヅカ的なアレで)
薫はそんな印象を受けた。

午前中のオリエンテーションが終わり昼休みになった。薫は自分の席で適当に詰めてきた弁当を広げ(弁当男子だ!)、近くにある県営図書館で借りてきたミステリー小説を読み始めた。活字中毒と言うか、薫は何でもいいので未読の本が手元にないと落ち着かない。
そこへ坂木梓がコンビニの袋を下げて戻り、チキンサラダと牛乳を取り出して食べ始めた。うら若い女子の定番だ。

ある程度年齢が若い層を中心に、固まって食事をしているグループもいくつかあったが、坂木は自分からその中に入ろうとする様子を見せなかった。カバンから文庫本を取り出して読み始めている。
(友達がすぐにはできないタイプだな。まあ人のことは言えないけど)
薫自身、他人と打ち解けるまでに時間がかかるほうで、初対面からフランクに話しかけられる者をうらやましく感じることがある。ただ一度親しくなってしまった友人たちからはとても信頼され、こいつとは生涯の付き合いになるだろうな、と思える友人が何人かいる。

(でも隣同士で二人とも読書ってどうなの)
坂木の取り出した本のタイトルがちらっと見えた。小川一水の「天冥の標」シリーズのようだった。
(18歳の女の子がハードSF!普通はレンアイ小説とかファンタジーじゃないのか?)
SF・ファンタジー・ミステリーなどエンタテインメント小説に目がない薫は、思わず話しかけた。
「読書中にごめんね、坂木さんはSFとか好きなんですか?」
坂木が驚いたように顔を上げた。無視されなくてよかったと、薫は心の中で胸を撫でおろす。
「あ、はい。兄の影響でラノベとか読むようになって、このごろは少しずつ本格的なものも読んでみようかなって...」
「へえ、でも女の子でハードSF読む子ってなかなか珍しいですよね。あ、ごめん、僕もその手の小説好きなんで」
「そうなんですか!よかったら今度おすすめの本とか教えてください。あ、榊さんは今何を読んでるんですか?」
坂木梓はそう言って身を乗り出してきた。キラキラした瞳が薫の顔にニアミスする。
(近い近い!)
この͡子、パーソナルスペースがすごく狭いんじゃないか?薫は急にのけぞったりすると傷つけるかと思って、さりげなく距離を開けた。
「これ?乙一の“うしなはれる物語”ですよ。僕的にはお勧めだから機会があったら読んでみて。もう読み終わるんだけど図書館から借りてるんで、また貸しはできないけど」
その中の短編“しあわせは子猫のかたち”を読んでボロボロ泣いたのは秘密だ。
「分かりました、読んでみます」
それからしばらく、薫と坂木はそれぞれの好きな作家やジャンルについて話し込んだ。