授業が再開され、さっそく実習についての発表が各施設ごとに行われることになった。
当然梓と薫は一緒に資料をまとめている。
担任の個人的な趣味もあって発表はすべてパワーポイントでするようになっていたので、全員PC室でそれぞれのグループに分かれてパソコンに向かっていた。

「施設の基本情報は一番最初でいいですよね」
「うん、見出しはワードアートにしてグラデーションも付ける?」
「それサイアクな作成例で見ましたよ」
「一回やってみたかったんだ。究極のダサさを追求したプレゼン」
「ダサさのまえに見にくいですって」
なんだかんだ言って専門商社に勤めていた薫のビジネス的スキルは高い。さほど時間もかからず発表用の資料が出来上がった。

「やっぱり薫さんはすごいなあ、私ひとりじゃとてもこんなにうまくまとめられないですよ。日誌だって毎日アドバイスしてもらってやっとこさ書き上げたくらいだし」
梓にしてみれば薫におんぶにだっこされないと何もできないと感じるのだろう。
「アズちゃん」
肩を落とす梓に薫が話しかけた。
「確かにこの業界で仕事をしていこうと思ったら、しっかりとした記録を書けることはとても大事だと思うけど、それだけじゃないよ」
「はい?」
「一緒に実習をやってて感じたんだけど、君の利用者さんたちに対する接し方は何て言うか、とても自然だよ。」
「自然、ですか...」
薫は梓に一度ちゃんと話しておこうと思い正面に向かい合った。
「うん、僕だったらいちいち頭で考えて行動するところをアズちゃんは当たり前のようにできる。例えばコミュニケーションひとつを取ってみても、柔らかい態度で目線を合わせ、といった基本的なことがね」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。それって大げさに言えば相手のニーズを常に考えているからじゃないのかな。まあ君の場合は感じ取っているというのか」
「考えるな、感じろ、ですね」
薫はズコーッとなりかけた。でも梓の顔を見るととても恥ずかしそうにしている。褒められて照れくさかったのだろう。
「とにかく君はもうちょっと自己評価を高くしてもいいと思うよ。」
「ありがとうございます。薫さんにそう言われるとなんか自信がつきます。もっと褒めてほしいです」
「よし、君はすごい、福祉職になるために生まれてきたんだ、Born to behelperだ」
「...もう大丈夫です」

丸一日かけて各グループの発表が終わった。悲惨だったのは美紀たちで、自分からアイデアを出そうとしない柿山の代わりに、美紀がほとんど一人で資料を作り発表までやったのだ。放課後、ぐったりとしている美紀を梓がなぐさめていた。
「さすがは美紀、ヒトリデデキタ、だね」
「わたしとアズちゃんの労力って100倍くらい違うよね。ひどすぎる、謝罪を要求する」
「誰に?」
「薫さん?」
「そっち!?」
「そもそも薫さんが今住んでるマンションって私の家の近くなんだから、実習も私と同じ所でいいのに」
ひどい言いがかりだ。
「実習先は学校が決めるんだから薫さんに文句言ってもしょうがないじゃない」
「分かってますって、ただのぼやきだよ。」
机に突っ伏していた美紀がやっと顔を上げた。
「それよりアズちゃん、薫さんとの距離、少しは縮まった?」
梓がうつむいた。
「どうだろう、毎日施設で会って会話したし、LINEのやり取りもあったけど...なんだか薫さんってわたしが近づくとスッと離れるような感じなんだよね」

梓は自分でも、人見知りのくせに人との距離が近すぎることは自覚していた。相手が好きな人とくればなおさらだ。だが思わず顔を近づけたり体を寄せたりするとき、薫は気を使いながらさりげなく距離を取っているようだ。
(どうして? 単に紳士的っていうだけ? それとも...)
「わたしのこと、どう思ってくれてるんだろう?」
梓は、今日はテニスの練習があるとかですでに帰ってしまった薫の席をじっと見つめた。