季節が移り街路樹がすっかり葉を落としてしまった頃、二人はそれぞれを“毬花”、“薫くん”と呼び合うようになっていた。

クリスマスイブの日、薫と毬花は“ふらんす亭”で特別なディナーを味わっていた。オーナーの好意で格安に豪華なコースを提供してもらったのだ。
「美味しい~、ウチのシェフもやる時はやるんだなあ」
「それちょっと失礼じゃない?」
薫が声をひそめて返す。毬花が舌を出した。
「今のは誉め言葉だからね」
こんな会話が無性に楽しい。薫は自然と笑顔になった。
「いままであんまり飲んだことなかったけど、この赤ワインうまいなあ」
「そうだね。私も飲まず嫌いだったけどおいしい」
そう言う毬花の頬はうっすら赤く染まっている。あまりアルコールに強い体質ではないのだ。今夜はクリスマスらしく黒いベロアのワンピースにショートブーツでドレスアップしている。

食事が終わり会計をしようとした薫は、提示された金額のあまりの安さに恐縮したが、オーナーの「社員価格だから」という言葉に甘えることにした。
「ごちそうさまでした」
二人で声を合わせて店を出る。歩き出すと雪がちらほらと舞っていてかなり冷え込んでいた。
「ええっと毬花、これからだけど...」
「何?」
思い切って言った。
「よかったら僕の部屋に来ない?」
毬花が一瞬息をのむ。
「ああっ、いやだったら全然いいんだ」
「ううん、いやじゃないよ。行きたい」
毬花は薫の目をしっかり見つめて言った。そして薫の右腕に自分の左腕をからめる。
二人の間で交わされるいつもの軽口はすっかりなりをひそめて、無言で歩く歩道に靴の音だけが響く。

この夜、二人は初めて結ばれた。