週一ペースで薫は“ふらんす亭”に通っていた。元々この店のランチはコスパがよくて気に入っていたのだが、毬化の顔を見たいという気持ちも少しあったのだ。
「いらっしゃいませ榊さま」
「その服装で言われるとなにか違う種類の店に来た気分になるね」
「えっ、メイド喫茶とか行ったことあるの?」
「いやないけどTVとかネットでよく見るから」
「ふ~ん、じゃあわたしがオムライスにハートを書いてあげようか」
「追加料金を取られそうだから遠慮しとく」
毬花との会話はとても楽しい。薫は今まで、妹を除けば女の子とこんなに親しく話をしたことがなかった。バレンタインデーにチョコをもらったり、突然よそのクラスの子から告白されたこともあるのだが、テニスにのめりこみすぎていた薫はそれどころではなかったのだ。高校3年でテニスを一旦やめた後は受験勉強で死にそうになっていたし。
(もっとゆっくり話をしたい)
薫はいつの間にかそう思うようになっていた。

「あのさ、浅野」
「何?」
「よかったら今度ご飯でも食べに行かない?」
毬花の顔がぱっと輝いた。
「はい喜んで~!」
茶化して返事をした毬花だったが、心拍数は急上昇し顔は真っ赤になっている。
一方薫も思わず自分の口から出た言葉に驚いていた。
(もっと話をしたいと思っていたら誘ってしまった)

もう少し前から、二人は惹かれ合っていたのだ。

「じゃあ今度の金曜日はどうかな?練習は夕方には終わると思うんだけど」
「うん、バイトはほとんど土日だけだから金曜日は大丈夫だよ。授業も3コマだし」
「わかった、6時にS駅の南口でいい?」
「はい、楽しみにしてます」

金曜の夜2300時。
「今日は楽しかったよ、ご飯もおいしかったし」
毬花が身長差のある薫を見上げて言った。今日はピンクベージュのシフォンブラウスにシンプルなスキニーデニムという姿で、高校時代の制服と店のメイド服しか見たことがなかった薫は新鮮な感動を覚えていた。
(女の子って可愛いんだな)
「うん僕も楽しかった。浅野の私服も初めて見れたし」
毬花の頬がうっすらと色づいた。その場でクルリと一回りしてみせる。
「えへへ~、どう?カワイイ?」
「えっと...似合ってると思うよ」
「榊くんも意外といったらなんだけどオシャレじゃん」
薫はオリーブのカーゴパンツにボーダーのプルオーバーを合わせていた。
「おお、ありがとう。僕は足が太すぎて細いパンツとかはけないからいつもこんな風なんだけど」
薫はいわゆる細マッチョな体形だが下半身は相当に筋肉がついている。
「アスリートだもんね、鍛えてるって感じ」
「特に鍛えてるつもりはないんだけど、小さい頃からテニスばかりやってたらこうなってしまったんだ」

駅からしばらく歩いているうちに毬花のアパートの近くに着いたようだ。
「この辺でいいよ、送ってくれてありがとう。」
「うん、じゃあね。おやすみ」
「おやすみなさい」
小さく手を振って歩き出した毬花が不意に振り返った。
「榊くん、また誘ってくれる!」
「もちろん!連絡するよ」
言われなくてもすぐにまた誘うつもりだった。一緒に過ごした時間は今まで体験したことのない様な充実感を薫にもたらしていた。

二人の恋が動き出した。