2次会はカラオケだった。薫はあまり上手くないことを自覚しているのでおとなしくしていたが、美紀がアニソン、恭平は今どきのJPOP、岸本はラブバラードとみな達者な歌声を披露していた。
圧巻だったのが沙也加で、懐メロ歌謡曲を振り付きで熱唱して拍手喝さいを受けていた。
「沙也加さんヤバイ!上手すぎる」
梓は笑いすぎで目に涙をためてウケていた。
「じゃあ次はアズちゃんね、はい」
沙也加からマイクを渡された梓は、今日はこれしかないと決めた曲を入力した。ゆったりとしたイントロに続いて梓が歌い始める。少し前に引退してしまった“歌姫”と呼ばれるシンガーのヒット曲で、女の子の切ない片思いを明るい曲調に乗せたいい歌だった。
腕組みをした美紀はウンウンとうなずいているし、岸本は意味深な笑顔で薫を見ている。
(反応に困る)
薫は以前岸本に言われたような鈍感系主人公ではない。さすがに梓から受ける好意は感じている、
だが現在の状況といえば、はっきりと告白されたわけではなく、薫の態度をどうこうしなければならないということでもない。
(自分の立場を考えると、どうにもならないんだけど)
薫はこのまま2年間何ごともなく過ぎてくれれば、と祈るような気持だった。

JRの最終電車に薫と梓が並んで座っていた。
打ち上げがお開きになって、薫は自分の部屋に帰ろうとしたのだが“実家が近いくせに梓をこんな遅く一人で帰すなんてありえない”と皆から突っ込まれたのだ。
梓は遠慮したのだが、確かに真夜中にI市の家まで一人でっていうのはよくないと薫も思い直して、送っていくことにしたのだ。
「薫さん、わたし今日楽しかったです」
梓の顔がぐっと近くに寄った。
(近い近い、相変わらず)
「いやあ、アズちゃん歌がうまいんだね。超時空福祉士とか名乗ってもいいんじゃないかな」
答えながらも薫の腰は若干引けている。
「ああ、あのシリーズあんまりわからないんですよね。なんかいつも三角関係でもめてるイメージがありますけど」
「サインコサインか」
「それ関数」
良いツッコミだ。こういう会話をしている限り何も考えなくていいし、二人の間にあるものから目をそらしていることができる。
「わたし、また行きたいです」
「うん、またみんなで騒ぎたいね」
「...はい」
薫の返事は普通なら明らかに間違っているものだったが、今はそう言うしかなかった。