「今日から二年間このクラスを受け持つ担任の花田良治といいます。クラスには新卒の18歳の人から上は人生経験豊かな社会人までいろいろな方がいますが、国家試験合格という目標に向かって一緒に頑張りましょう。それでは出席番号一番から簡単に自己紹介をお願いします。」

学校法人令和学園、ひまわり福祉専門学校の入学式当日である。
介護福祉士養成科の新入学生は25名。近くのホテルで行われた入学式を終え、教室に戻ってきたところだった。

「○○高校出身の伊良部啓介です。母が介護の仕事をしていて自分も同じ道に進みたいと考え・・・」
出席番号一番の学生が自己紹介を始めた。
(ずいぶん老けた18歳だなあ)
榊薫(さかきかおる)は話し始めた新卒の子に目をやって思った。伊良部は身長も横幅も大きく、ひげの剃り跡が青々としていることもあってとても高校を卒業したばかりには見えなかった。
「前のバイト先で30代に間違われ...」
予想通りの自虐ギャグをかましてきた。君、そのネタ多分いつも使ってるよね。

教室中をざっと見まわすと、上は白髪のおじいちゃんから下は中学生みたいな女の子まで実にバラエティに富んでいる。すごい、人生の縮図のようなクラスだ。
薫の一つ前まで自己紹介の順番が回ってきた。新卒らしい女の子が話し始める。
「サカキアズサといいます。K女子高出身で中高とソフトボールをやってました。」
(へえ、僕と同じサカキ姓か、どんな字を当てるんだろう?)
手元にあったクラス名簿(ご時世で名前のみになっている)を見ると“坂木 梓”となっていた。こんなのを何て言うんだっけ?同音異義語、じゃないよね。

漆黒のロングヘアを馬の尻尾状にまとめ紺のスーツを着た坂木梓は、少し緊張しているのか硬い表情で話し終えて薫の前の席に戻ってきた。長年スポーツをやってきたせいかスラリとした体形だ。

薫は彼女が席に着くのを待って立ち上がり、教壇へと向かった。
まずホワイトボードに自分の名前を書いた。
「前の坂木さんと同じ読みですが僕のほうはこの“榊”という字を当てます。一度東京都内の大学を卒業して社会人になりましたが、事情があって地元に戻って本校に入学し、また学生となりました。26歳です」
「趣味は...ゲームが好きでゾンビハザードシリーズなんかは1から7まで全部やってます。あと小さいころからテニスをやっていて、小中高大と続けたので結構体育系なところもあるかかもしれません。それでは二年間どうぞよろしくお願いします」

薫は我ながら無難な自己紹介だなと思いながら席に戻った。数人の学生は軽妙なスピーチで笑いを取ったりしている。
自己紹介が一通り終わり担任による様々な事項の説明が始まったが、その中でクラスの新卒と社会人の割合はほぼ半々だということが分かった。また、自分以外の既卒者(社会人)たちはみな、職業訓練として授業料を免除されて入学してきたということだった。

午後からは別棟で健康診断があるということで一時間の休みが与えられ、各自外出したり教室でコンビニ弁当を食べたりしてすごしていた。席が自分の前ということでどうしても坂木梓に目が行くが、教室に入ってきて以来彼女は必要なこと以外誰とも話をしていない。

(坂木さん、話しかけるなオーラが出てるぞ。表情も硬いし人見知りなのかな?まあ僕もそうだから分かる気がする。初対面の人に話しかけるハードルの高さよ)

その日は健康診断が終了後解散となった。明日は午前中にオリエンテーションの続きがあり、午後に一限のみ担任の授業があるという。
徒歩通学の薫は近くの駅にある商業施設一階のスーパーで食料を買って帰ることにした。
駅前の広場まで来たとき、坂木梓の特徴的な長い髪が数メートル先で揺れていた。改札に向かっているようだったのでJRで通学しているのだろう。
(市外から来てるのかな?通学が大変そうだ)
薫の実家もI市にあるので学校があるN市内に部屋を借りて住んでいる。早起きが苦手なのだ。

借りている古いマンションまでは徒歩十分くらいだ。部屋に入るととりあえず生鮮食料品を冷蔵庫にしまい、段ボール箱に入ったままになっている荷物を整理することにした。
といっても元来物欲の少ない薫の持ち物は少ない。靴だけにはこだわりがあってそれなりの品質のものを数足そろえているが、衣服はファストファッションのものも多く、ブランド品にも興味はない。

会社員だったころはちゃんとしたスーツをローテーションして着ていたが、それらもあらかた処分してしまった。

一通り部屋が片付いてシャワーで汗を流した薫は夕食の準備に取り掛かった。
今日はカレーにすることにして、まずはおろし金で玉ねぎ、にんじん、セロリをすりおろして適量の水とコンソメでしばらく煮込む。その間に買ってきた鶏もも肉を一口大に切って、みじん切りにしたニンニクとオリーブオイルで炒める。
おろした野菜類が大体煮えたら一旦火を止め、二種類のカレールウを投入。(赤っぽいのと黒っぽいのを二つ使うのがポイントだ)ルウを十分溶かしたら弱火にして鶏肉と一緒に煮込む。あとは適当に肉が柔らかくなるころを見計らって完成だ。このすりおろしカレーは、学生の頃にネットでレシピを発見し、それ以来薫の得意料理となっている。
久しぶりに作ったけどいい感じだ。丸かじりトマトをつまみにしてビールをひと缶開けた後、薫は自慢のカレーをたらふく食べた。

その後はまだ教科書が配布されてないので時間割を確認する必要もなく、録画しておいた今年の全豪オープンテニス決勝(D.J.オコビック VS ロジェール・ヒョードル)を見ながら、第3セットに、オコビックがマッチポイントをのがしてうなだれているあたりで寝落ちした。

夜中に少し悲しい夢を見た、