夏休みも終わり、8月最後の週には薫たちにとって最初の第1段階実習が始まった。
学生たちは基本的に自宅から通いやすく、学校と以前から付き合いのある施設に通うことになるため、薫と梓は同じ所に行くこととなっていた。
特別養護老人ホーム「もみじの里」は薫、梓どちらの家からもバスで20分ほどという近さだった。

実習初日、事前にオリエンテーリングを受けているとはいえ緊張した面持ちの梓は、一緒に薫がいることをとても心強く感じていた。
「うう~やっぱり緊張しますね」
最寄りのバス停からもみじの里まで歩きながら梓が言った。
「まああんまり気負わずにいこうや。少しづつレベルアップしていけばいいさ。」
「なんか薫さんが言うと、今からダンジョンにでも潜りそうな感じに聞こえる」
「それいいね。今は介護者グレード最下位のブロンズ級だけど、この実習でシルバーを目指す、みたいな」
「はい」

学校で設定された第1段階の大きな目標は「コミュニケーション」とされている。漠然とした表現だが、薫は自分自身でその内容を“自身のコミュニケーション能力を磨く”、“知識として福祉現場でのコミュニケーションのあり方を学ぶ”と解釈していた。
指導員となっているのは清原隆という30歳くらいの介護福祉士だったが、彼からは
「まあ二週間くらいでそんなに何でもできるわけないんだから、気楽に利用者さんとお話ししてればいいよ。認知症でうまく意思が伝わらない人とは手でもつないで座ってればいいって」
と、目が一本の線になるような笑顔で言われた。せっかく彼がリラックスさせてくれようとしているのに、梓は
「ハイ、絶対にがんばります」
とすごく硬い表情で答えていた。
(アズちゃん、いきなりコミュニケーション間違ってるよ)
薫は握りしめた梓の手を生暖かい目で見るのだった。