研修旅行二日目には近くの体育館で球技大会が行われた。
競技はドッジボールとソフトバレーの二種目で、薫たちはソフトバレーに出場することになっていた。
一試合目の対戦相手は医療ビジネス科で全員女性だったが、膝サポーターをつけたバレーボール経験者らしき者が数名いてやる気を醸し出していた。
あくまでもソフトバレーなのでボールのスピードは速くないがそれなりに白熱したラリーが繰り広げられ、20点先取の試合で18対18のスコアとなっていた時だった。
相手のサーブを恭平がかろうじて拾い、薫がなんとかそれを繋ごうと一歩踏み出したとき、同じように突っ込んできた梓が薫の視界に入ってきた。
(ぶつかる!)
とっさに薫は足にブレーキをかけて踏みとどまったが、梓は勢いを止められず薫の右腰あたりにぶつかって倒れこんでしまった。
「あっ!痛たたっ」
梓はおかしな転び方をしてひねってしまったようで右足首を押さえている。
「大丈夫?ごめん僕がよく見えてなくて!」
「私のほうこそごめんなさい。」
「とにかく外に出て根岸先生に診てもらおう」

「ちょっと我慢して立ってくれる?」
薫は梓に肩を貸し、とりあえず片足で立たせた。そして中腰になり梓に背を向ける。
「はいどうぞ」
「え、え?」
「こっちのほうが手っ取り早いから、おぶさって!」
「は、はい」
半ば強引に梓を背負った薫は素早くコートの外に出て、看護師の資格を持つ根岸のいる救護所へ向かった。
(恥ずかしい!)
梓はとても顔を上げられず薫の背中に顔をうずめていた。しかしそうしていると薫の体温とうっすら汗ばんだ体臭が梓の感覚を刺激していっそう恥ずかしくなる。

一方薫のほうも少し焦っていた。
(コートの中に先生を呼ぶべきだったか?こうやって女の子にいきなり接触してしまうというのはまずかったんじゃ?)
セクハラになるのでは、とビビっていたのだった。心なしか周囲の女性たちの自分を見る目がきつい様な気がする。どうしようどうしようとうろたえているうちに救護所に着いた。
とりあえず椅子に梓を座らせた薫は根岸に状況を説明して試合に戻ることにした。
「じゃあお願いします」
「はいあとは任せて。」
看護師の資格を持っている根岸はこういう時頼りになる。

薫がコートに戻った時、試合は残念ながら負けて終わっていた。
「薫さん、アズちゃんどうでした?」
榎本美紀が心配げな顔で聞いてくる。
「根岸先生に任せてきたからあとで聞いてみよう。骨折とかしてなけりゃいいんだけど...」
「薫君、そんなにすぐ戻らないでしばらく付いててやればいいのに」
岸本が咎めるように言う。
「そう...ですね。ちょっと焦っちゃって」
薫は頭をかいた。

結局梓は根岸が病院まで連れていき、検査後に自宅まで送り届けたとのことだった。LINEで直接梓に連絡を取った美紀によると軽い捻挫だったそうで、薫も胸をなでおろしたのだった。
研修旅行も終わり帰りのバスの中。
「岸本さん、あれってセクハラにならないですかね?」
「非常事態だったんだから問題ないだろ。本人はすごく恥ずかしそうだったけどな」
「やっぱりそうですよねえ、あとで怒られなきゃいいけど...」
「いやむしろ嬉しかったと思うぞ」
「え、なんで?」
「お前、ラノベの鈍感系主人公かよ。僕またなんかやっちゃいました?とか言うのかよ。乙女心だよ」」
「ええ?そんな状況?・・・」
しかし言われてみれば岸本の指摘も間違ってはいないような気もしてきた。
(僕の事情もアズちゃんは知らないんだしな、どう接したらいいんだろう?今更こんなことで悩むとは...まあ考えても答えは出ないか)
薫はこの問題をもっとも簡単な方法で処理、すなわち一時棚上げにすることにしたのだった。