我妻教育3

黙ったまま、啓志郎くんは封筒の中の紙を取り出す。

一週間前にもらっていた婚姻届だ。

折られた婚姻届が開かれたタイミングで、あたしは頭を下げた。

「ごめんね、あたし、これにサインできない」

下を向くあたしの耳に、飛行機の離着陸の音が響く。

少しの沈黙のあと、低い静かな声がかけられた。
「頭を上げてくれ」

おずおず顔を持ち上げ、ちらりと啓志郎くんの顔をうかがう。

目が合うと、啓志郎くんの顔が曇る。
その目に複雑な影が走った。

「…他に良い相手がいるのか?」

「それは、いない!」

「ならば…何故だ?」

申し訳なくて、居たたまれずに視線を逸らした。

こんなあたしでいいって言ってくれてるのに…。

「上手く言えないんだけど…。
啓志郎くんのことが嫌だってことじゃなくて。
結婚して欲しいって言ってくれたの、すごく嬉しいんだけど。
啓志郎くんがもっと、いい加減な人間だったら、ここまで迷わず受けたかもしれないけど、そうじゃないから…。
だから、今のあたしのままじゃ、無理。
あたしにも、自信がいるの」

驕らず努力し続ける御曹司と、並んで歩くには。

今のままでは、求められても結婚なんて無理。

勇気を出し、切り返すように顔を上げて、じっとあたしの言葉を待つ啓志郎くんと視線を合わせた。

「あたしにはまだ、啓志郎くんの横に立つ覚悟ができない」