「いってきまーす」僕は愛想を振りまいて自転車を走らせる。
背後の「気を付けるのよー」の声に
「うん!」と返しペダルを漕ぐ足をより一層早める。
見送る母の姿は小さくなっていき
そしてやがて見えなくなっていった。
今日も母さんの自慢の息子を演じきって僕の1日は動き出す。
途中「行ってらっしゃい」と玄関を掃きながら声をかけてくれた近所のおばさんには満面の笑みと会釈で返事をし
その後も同じ要領でその場をやり過ごし
依然と母さんの誇りである、真面目で心優しい息子という人格を崩すことは無かった。
そうこうしているうちに、前の信号が赤に変わってしまったので、やむなく一旦自転車を止めしばらくの間発進の期をうかがう。
ふと腕時計に目をやり時間に余裕があるのが確認できると 前カゴから烏龍茶のペットボトルを取りだし乾いたのどを潤した。
まだ朝だと言うのに気温は高く昨日の雨の湿気のせいかジメジメとした嫌な暑さを感じさせられる。
「あっちぃー。まだかよ!」長い赤信号に苛立ちを憶えた僕は貧乏ゆすりをし無意味だと知りながらも赤信号を煽った。
昔から非常に暑がりで汗っかきなのでもう既に額と鼻の下には無数の雫ができており
もみあげあたりからはツーっと1本の汗が僕の肩を濡らしていた。
少し経ってさすがに僕の煽りに怖気づいてしまった信号は参りました。というように無様にひれ伏し そのことを切り替わった青信号が教えてくれた。
僕はそんな臆病な信号を堂々と渡り、
吸い込まれるように加速していく自転車と共にさっそうと下り坂を駆け下りて行った。
終盤に差し掛かったところでブレーキレバーを軽く握り身体をやや右に傾けながら緩やかに右折
その先に広がる一直線の畑道でギアを切り替え立ち漕ぎでグングン加速していくと 目的の場所を目視できる距離にまで到達した。
クラスメイトの柳木と烈はもう先に来てるみたいだった。
優秀な僕の目は2人の姿も自転車の位置も正確に捉える。
後ろの席から時間割表の文字さえ読み取ることだって容易な僕の目が、この距離から2人を見つけだすのにはそう時間は要さなかった。だって僕....視力、2.0あるし。
まぁそんなことはどうだっていい....
僕の6年間の思い出が詰まった学校を通り過ぎ
今度はグンと身体を大きく傾け 乱暴に左折してやると目的の場所にようやく到着した。
「よーう」挨拶をしながら自転車から飛び降り砂利を蹴散らしながら見事に着地すると
最後にカチャンとスタンドを蹴飛ばし
前カゴのカバンから1冊の本を取り出す。
そう僕は昔から読書が好きで今まで数々の名作に出会ってきたんだ。
その中で一番好きなお気に入りの1冊は....
なんてそんな真面目ちゃんごっこ僕は御免だ。
ホントは読書なんてした事がないしこれっぽちも興味はない。
じゃあなぜ本を?って?まぁ見てれば分かるさ
僕はドサッとベンチに腰掛け分厚い表紙を1枚めくると綺麗に四角く切り抜かれた本の中から例のものを取り出しそそくさと口に加え、
ライターでカチッと火をつける。
大きく吸い込むと タバコ独特の渋い味が口に広がり
そしてやがてそれは煙となって吐き出され僕の周りを漂い始めた。
「だけど桐谷も徹底してるよな ホント」
柳木が本を手に取りまじまじと観察しその出来栄えに関心していると
「俺もさすがにここまでやる奴はお前以外見たこと無いわ」と烈もあとに続いた。
僕は「そうか?」と取るにならない返事を返してポンポンと灰を払ってふたたびニコチンの快楽に酔いしれる。
「あれ聞いた?4組のたけしTwitterで女にチン凸して今めっちゃ炎上してんの 」と昨日から温めておいたとっておきの話題をふと思い出したかのように僕が口にすると
「あー昨日それで荒れてたんか」と柳木は呆れた笑みを浮かべながらタバコをくわえ火をつける。
となりの烈も面白そうとばかりに「でさ!相手は?」とかなり食いつき気味に顔を覗かせるもんだから
僕は「誰だったっけなー」と昨日の一連のツイートを確認しようと胸ポケットを探っていると
「あれ!確か奥山千夏じゃね?あの3組の」と柳木がその答えを先に示した。
その後両手で作った丸を目の前にかざし
「あのメガネの静かな子」とつけ加え
そのおかげで僕も烈もなんとか顔を思い出す
「あーあーいたなーそんな子もってあれ?それ!」俺が言おうとしたであろうことをいち早く察した柳木は僕の腕に肘打ちをかまし「お前なー」と一喝する
その光景を面白がって見ていた烈が
「お!柳木も 今夜千夏ちゃんにチン凸か?」と茶化すと「しねーわ」と肩を軽くどついた。
柳木が出会ってすぐ一目惚れをしたその子はいきなり卑猥な画像が送られてきたときどんな顔をしたのだろう...あの性格上きっとかなり戸惑っただろうなと少し気の毒に感じさせられたが
となりで静かに復讐に燃える柳木の姿をまのあたりにすると余計に男運のない子なんだなーと改めて可哀想に思えた。
長くなった灰を指でポンと落としながら「あいつも高校生活おわったな」と僕が鼻で笑うと
「夢も青春も希望もね」と烈が意地悪く付け加え
その話題はたけしの高校生活同様にあっけなく終わりを迎えた。
その後もタバコを吸い終わるまで 担任やクラスメイトの愚痴に花を咲かせ
その時間を持て余すことなく楽しんだ。
やがてタバコを吸い終えた2人は吸殻を踏み潰し、カバンをそれぞれの前カゴに放る、
「俺らはそろそろ行くわ 」と柳木がカチャンとスタンドを蹴飛ばし「また帰りここで」と言い残し自転車に飛び乗ると
烈もそれに続くようにして
「ばっくれたら承知しねーかんなー」と悪ガキ同然の笑みを浮かべ「柳木ーまてよー」と1度よろめきがら危なげに後ろを追いかけて走り出して行った。
そして僕は1人その場に取り残された、いや自分が選んでそうしてるのだから正確には 学校をサボったという言葉が妥当だろう。
なぜ?と問われても納得する答えなんて提示できないし結局「自分が志望して入った高校なのだから行くべきだ、それが出来ないのなら退学すべき」
と最もらしいごたくを並べらてしまえば、たちまち僕も返す言葉を失なってしまうだろう。
だから僕が学校をサボるのに理由なんて必要なかった。
ただダルいから、それで十分、どうせ共感なんて得られない。
僕は1度無駄な思考をシャットアウトする為、ケータイにイヤホンを差し込みベンチに寝そべる。
自分のカバンを枕代わりに頭の下にしくと、こういう時の為に作ったプレイリストを開いて、今の自分を満たすのにピッタリの曲たちを探すのに没頭した。
やがて(落ち着きsong)というリストをタップし曲を再生させると静かに目を閉じ、耳を伝う優しいメロディと共に流れる、ゆったりとした時間をたしなみ、そのあまりの心地良さにいつの間にか僕の意識はどこかに飛んでいってしまった。
それからしばらくして僕が目を覚ましたのは身体にある違和感を憶えたからだった...
寝起きの重たいまぶたをやっとの思いで開くと、そこには寝ている僕に背を向けるようにしてベンチの前で座り込む女の子が1人...
僕のイヤホンの片方を耳に当て、曲調に合わせるように右に左に頭を揺すっていた。
そして胸の上では丸まった子猫が1匹 グルグルと喉を鳴らして眠っている。
(何? これ どういう事?!)
まったく状況の掴めない僕の頭の中は"はてなマーク"で埋め尽くされているが
そんなことはお構い無しというように彼女の様子は相変わらずだ
どうしたものかと悩んでいると、彼女はピタリと動くのをやめ、いきなりこちらを振り返るもんだから僕も咄嗟に目を瞑り一か八かで、寝たフリをしてその場をしのいだ。
その後僕の胸の中で眠る子猫が少し動くと
「気持ちいんでちゅかー良かったでちゅねー」と微笑ましく語りかけ、その優しい声からは彼女が僕のすぐ側に居ることが感じとれた。
ほのかに漂う甘い香り、おだやかな心を投影したかのような優しい声
彼女の存在が僕の中に鮮明流れ込むのを感じ、持て余す程にある僕の時間を自由奔放に君色で塗りたくった。
いっそのこと目を開けてしまいたい。そんな衝動に駆られたが、それはかえって面倒だと自分に言い聞かせ、白々しく寝たフリを続けた。
そしていつの間にかフリを通り越して本当に夢の世界へと誘われて行ってしまった。
「キーン コーンカーン コーン」耳の至る所に染み付いた。ありきたりなメロディー
僕はドスの聞いたその鐘の音によって叩き起された。
(あれからどれくらい経っただろう?)
体を仰け反らせるように大きく伸びをし
羞恥心のかけらもないようなみっとないあくびをかくと、体を起こしそのまましばしの間フリーズ状態に陥った。
はっと我にかえり正気を取り戻した僕は、辺りを見渡す。
彼女の姿はもうそこには無かった。
その代わり、彼女の姿を見れなかった事を悔やむ
みっともない自分が居た。
背後の「気を付けるのよー」の声に
「うん!」と返しペダルを漕ぐ足をより一層早める。
見送る母の姿は小さくなっていき
そしてやがて見えなくなっていった。
今日も母さんの自慢の息子を演じきって僕の1日は動き出す。
途中「行ってらっしゃい」と玄関を掃きながら声をかけてくれた近所のおばさんには満面の笑みと会釈で返事をし
その後も同じ要領でその場をやり過ごし
依然と母さんの誇りである、真面目で心優しい息子という人格を崩すことは無かった。
そうこうしているうちに、前の信号が赤に変わってしまったので、やむなく一旦自転車を止めしばらくの間発進の期をうかがう。
ふと腕時計に目をやり時間に余裕があるのが確認できると 前カゴから烏龍茶のペットボトルを取りだし乾いたのどを潤した。
まだ朝だと言うのに気温は高く昨日の雨の湿気のせいかジメジメとした嫌な暑さを感じさせられる。
「あっちぃー。まだかよ!」長い赤信号に苛立ちを憶えた僕は貧乏ゆすりをし無意味だと知りながらも赤信号を煽った。
昔から非常に暑がりで汗っかきなのでもう既に額と鼻の下には無数の雫ができており
もみあげあたりからはツーっと1本の汗が僕の肩を濡らしていた。
少し経ってさすがに僕の煽りに怖気づいてしまった信号は参りました。というように無様にひれ伏し そのことを切り替わった青信号が教えてくれた。
僕はそんな臆病な信号を堂々と渡り、
吸い込まれるように加速していく自転車と共にさっそうと下り坂を駆け下りて行った。
終盤に差し掛かったところでブレーキレバーを軽く握り身体をやや右に傾けながら緩やかに右折
その先に広がる一直線の畑道でギアを切り替え立ち漕ぎでグングン加速していくと 目的の場所を目視できる距離にまで到達した。
クラスメイトの柳木と烈はもう先に来てるみたいだった。
優秀な僕の目は2人の姿も自転車の位置も正確に捉える。
後ろの席から時間割表の文字さえ読み取ることだって容易な僕の目が、この距離から2人を見つけだすのにはそう時間は要さなかった。だって僕....視力、2.0あるし。
まぁそんなことはどうだっていい....
僕の6年間の思い出が詰まった学校を通り過ぎ
今度はグンと身体を大きく傾け 乱暴に左折してやると目的の場所にようやく到着した。
「よーう」挨拶をしながら自転車から飛び降り砂利を蹴散らしながら見事に着地すると
最後にカチャンとスタンドを蹴飛ばし
前カゴのカバンから1冊の本を取り出す。
そう僕は昔から読書が好きで今まで数々の名作に出会ってきたんだ。
その中で一番好きなお気に入りの1冊は....
なんてそんな真面目ちゃんごっこ僕は御免だ。
ホントは読書なんてした事がないしこれっぽちも興味はない。
じゃあなぜ本を?って?まぁ見てれば分かるさ
僕はドサッとベンチに腰掛け分厚い表紙を1枚めくると綺麗に四角く切り抜かれた本の中から例のものを取り出しそそくさと口に加え、
ライターでカチッと火をつける。
大きく吸い込むと タバコ独特の渋い味が口に広がり
そしてやがてそれは煙となって吐き出され僕の周りを漂い始めた。
「だけど桐谷も徹底してるよな ホント」
柳木が本を手に取りまじまじと観察しその出来栄えに関心していると
「俺もさすがにここまでやる奴はお前以外見たこと無いわ」と烈もあとに続いた。
僕は「そうか?」と取るにならない返事を返してポンポンと灰を払ってふたたびニコチンの快楽に酔いしれる。
「あれ聞いた?4組のたけしTwitterで女にチン凸して今めっちゃ炎上してんの 」と昨日から温めておいたとっておきの話題をふと思い出したかのように僕が口にすると
「あー昨日それで荒れてたんか」と柳木は呆れた笑みを浮かべながらタバコをくわえ火をつける。
となりの烈も面白そうとばかりに「でさ!相手は?」とかなり食いつき気味に顔を覗かせるもんだから
僕は「誰だったっけなー」と昨日の一連のツイートを確認しようと胸ポケットを探っていると
「あれ!確か奥山千夏じゃね?あの3組の」と柳木がその答えを先に示した。
その後両手で作った丸を目の前にかざし
「あのメガネの静かな子」とつけ加え
そのおかげで僕も烈もなんとか顔を思い出す
「あーあーいたなーそんな子もってあれ?それ!」俺が言おうとしたであろうことをいち早く察した柳木は僕の腕に肘打ちをかまし「お前なー」と一喝する
その光景を面白がって見ていた烈が
「お!柳木も 今夜千夏ちゃんにチン凸か?」と茶化すと「しねーわ」と肩を軽くどついた。
柳木が出会ってすぐ一目惚れをしたその子はいきなり卑猥な画像が送られてきたときどんな顔をしたのだろう...あの性格上きっとかなり戸惑っただろうなと少し気の毒に感じさせられたが
となりで静かに復讐に燃える柳木の姿をまのあたりにすると余計に男運のない子なんだなーと改めて可哀想に思えた。
長くなった灰を指でポンと落としながら「あいつも高校生活おわったな」と僕が鼻で笑うと
「夢も青春も希望もね」と烈が意地悪く付け加え
その話題はたけしの高校生活同様にあっけなく終わりを迎えた。
その後もタバコを吸い終わるまで 担任やクラスメイトの愚痴に花を咲かせ
その時間を持て余すことなく楽しんだ。
やがてタバコを吸い終えた2人は吸殻を踏み潰し、カバンをそれぞれの前カゴに放る、
「俺らはそろそろ行くわ 」と柳木がカチャンとスタンドを蹴飛ばし「また帰りここで」と言い残し自転車に飛び乗ると
烈もそれに続くようにして
「ばっくれたら承知しねーかんなー」と悪ガキ同然の笑みを浮かべ「柳木ーまてよー」と1度よろめきがら危なげに後ろを追いかけて走り出して行った。
そして僕は1人その場に取り残された、いや自分が選んでそうしてるのだから正確には 学校をサボったという言葉が妥当だろう。
なぜ?と問われても納得する答えなんて提示できないし結局「自分が志望して入った高校なのだから行くべきだ、それが出来ないのなら退学すべき」
と最もらしいごたくを並べらてしまえば、たちまち僕も返す言葉を失なってしまうだろう。
だから僕が学校をサボるのに理由なんて必要なかった。
ただダルいから、それで十分、どうせ共感なんて得られない。
僕は1度無駄な思考をシャットアウトする為、ケータイにイヤホンを差し込みベンチに寝そべる。
自分のカバンを枕代わりに頭の下にしくと、こういう時の為に作ったプレイリストを開いて、今の自分を満たすのにピッタリの曲たちを探すのに没頭した。
やがて(落ち着きsong)というリストをタップし曲を再生させると静かに目を閉じ、耳を伝う優しいメロディと共に流れる、ゆったりとした時間をたしなみ、そのあまりの心地良さにいつの間にか僕の意識はどこかに飛んでいってしまった。
それからしばらくして僕が目を覚ましたのは身体にある違和感を憶えたからだった...
寝起きの重たいまぶたをやっとの思いで開くと、そこには寝ている僕に背を向けるようにしてベンチの前で座り込む女の子が1人...
僕のイヤホンの片方を耳に当て、曲調に合わせるように右に左に頭を揺すっていた。
そして胸の上では丸まった子猫が1匹 グルグルと喉を鳴らして眠っている。
(何? これ どういう事?!)
まったく状況の掴めない僕の頭の中は"はてなマーク"で埋め尽くされているが
そんなことはお構い無しというように彼女の様子は相変わらずだ
どうしたものかと悩んでいると、彼女はピタリと動くのをやめ、いきなりこちらを振り返るもんだから僕も咄嗟に目を瞑り一か八かで、寝たフリをしてその場をしのいだ。
その後僕の胸の中で眠る子猫が少し動くと
「気持ちいんでちゅかー良かったでちゅねー」と微笑ましく語りかけ、その優しい声からは彼女が僕のすぐ側に居ることが感じとれた。
ほのかに漂う甘い香り、おだやかな心を投影したかのような優しい声
彼女の存在が僕の中に鮮明流れ込むのを感じ、持て余す程にある僕の時間を自由奔放に君色で塗りたくった。
いっそのこと目を開けてしまいたい。そんな衝動に駆られたが、それはかえって面倒だと自分に言い聞かせ、白々しく寝たフリを続けた。
そしていつの間にかフリを通り越して本当に夢の世界へと誘われて行ってしまった。
「キーン コーンカーン コーン」耳の至る所に染み付いた。ありきたりなメロディー
僕はドスの聞いたその鐘の音によって叩き起された。
(あれからどれくらい経っただろう?)
体を仰け反らせるように大きく伸びをし
羞恥心のかけらもないようなみっとないあくびをかくと、体を起こしそのまましばしの間フリーズ状態に陥った。
はっと我にかえり正気を取り戻した僕は、辺りを見渡す。
彼女の姿はもうそこには無かった。
その代わり、彼女の姿を見れなかった事を悔やむ
みっともない自分が居た。
