随分話に聞き入っていたため、すでに日は落ちかけていた。

 女房は用事があるのだと言って別れを告げて先に山を降りていった。

 日頃、小宰相のような貴族の姫君は、このような傾斜など滅多に歩かない。

 暗くなってくる足元に小宰相は慎重に歩みを進める。

 しかし、苔生した斜面に足を滑らせてしまい、危ない、と思った瞬間には身体は既に仰向けに傾いていた。侍女の悲鳴が聞こえる。

「……!」

「姫様!」

 固く瞼を閉じたが、すんでのところでふわりと浮くように力強い腕に抱きとめられる。

 恐怖と安堵と緊張が一挙に押し寄せてきて、小宰相は鼓動を早めながらそろりと瞼を開いた。

 そして、義則のまっすぐな眼差しが小宰相に向けられていた。

「お怪我は?」

「……い、いえ。ありがとうございます、お陰さまで何ともありませぬ」

 首を横に振ると、義則の硬い表情が解けて穏やかな微笑みに変わった。

「そうですか、良かった。足元も随分暗くなっておりますので、お気をつけください」

「はい……」

 消え入りそうな声で返事を返すと、義則は無言で微笑み、小宰相をゆっくりと地面に立たせて数歩下がると丁寧に跪き一礼をした。