「お前には、想う人もいないのか」
「……それは、おります」
真っ直ぐに父を見つめること暫く、教盛は通盛の気持ちに負けたのか、諦めたようなため息を吐いて頭を抱える。
「……お前の意志ならば尊重したい。だがな、通盛。政治のために必要な妻は必ず複数娶らねばならぬ。愛する者とは別の存在。これは義務であり、宿命だ」
父の厳めしい顔を真正面から見つめた通盛は、返す言葉も見つからずに押し黙った。
通盛が平家の若き子息として恵まれた人生を歩んでいるのは、前世の善行のため。だが、その身分に胡座をかき、今生を奔放に生きるのが貴族ではない。
「……分かっております」
複雑な気分に苛まれながら「失礼致します」と下がろうとする通盛に「待て」という父の声が投げ掛けられた。
顔を上げた通盛は、厳つい父の瞳に浮かんだ微かな寂しさを目の当たりにした。
「わたしは、この門脇家の主。そして、平家一門でもある。だが、嫡男の子を望む前に、親としてお前の妻と子に会いたいのだ」
優しい声が、通盛を絡め取る。
父はこのように白髪が多かっただろうか、と通盛はふと疑問に思う。顔にも以前より深い皺が刻まれているようだ。
通盛は父の老いた姿を見ていられなくなり、「分かっております、父上」と小さく呟いて、父の視線から逃げるように退出した。

