そして、香りを楽しみ、ゆっくりと味わうように嚥下した。
「ありがとう、通盛」
重盛はその人の良い顔を綻ばせた。
「……ところで越前はどうなっている?」
越前とは越前国のことである。
重盛は越前国主なのだ。
そして通盛は越前守(えちぜんのかみ)という役職であり、重盛から権限を与えられ、越前国を実質的に支配している。
しかし、通盛のように位が高い者が実際に現地に赴くことは稀だ。
自分が現地に行く代わりに人をやり、その報告を踏まえて都から現地を支配するのだ。
「ええ。しっかりと統治しており、問題は何もない、と目代より聞き及んでおります」
「それを聞いて安心したよ」
重盛は微笑んだ。
清々しい笑顔に逆に不安になった。
彼が心を病んでから一度も見なかった眩しい笑顔だったからだ。果たして良い兆候と喜んでいいものか迷うところである。
しかし、父教盛に無言で急かされ、それ以上話をすることも出来ず、仕方なく重盛の前を辞した。

