「あ、あの……通盛様」
菊王丸は顔を青くして唇を噛んでいた。
「気にすることではない」
通盛は安心させるように微笑んだ。
「教経が怖い顔をするのはいつものことだ。仕方のない奴なのだよ。兄である私でも、教経の目には少々肝が冷える」
自分よりもはるかに強く、勇敢な武士である教経は、貴族の公達とは思えないほどだ。
まだ十八と若いが、武芸の腕前はもはや平家において並ぶものはいないと言えるだろう。
弟を前にすると「平家は武家。貴族の真似事をして本分を忘れたのか」と叱咤されている気分になる。
平家は既に武士とも貴族とも言えない、あるいは両方を兼ね備えた、曖昧な存在になっているからだ。
教経には他意はなく、兄である通盛を純粋に慕ってくれていることは分かっている。
しかし、教経の存在は、常に通盛へ問いを投げかけるのだ。武士としての自分、貴族としての自分の生き方を。

