1205年。景色が桜色に染まる頃の京。

 公家によって開かれた花見会には大勢の人で賑わっていた。

 大規模な花見会は争乱の世から久しく開かれていなかったが、世の中も落ち着き、人々の心には桜を愛でる余裕が徐々に戻ってきていた。

 花見に興じていた男は、ふと桜の木の下に一人佇む若い女を見つけた。どこか公家の女房だろうか。

 確かに美しい女だったが、それ以上に無性に心惹かれる何かがあって、片時も目が離せず、男は女の元に呼ばれるようにして向かった。

「我が恋は細谷川の丸木橋……」

 ふと、脳裏に浮かんできた和歌を詠むと、女はこちらを見て微笑んだ。

(……やっと会えた)

 自分でも分からなかったが、何故か男は強くそう思った。自分の身体が歓喜に震えるのが分かる。

 この出会いは偶然ではない。この女に出会うために自分は生まれてきたのだと思うほど、男は女に心惹かれていた。



 二人の間を穏やかな風が吹き抜けていく。
 それは、暖かな春の風だった。
 
 
 
 
(完)