「先日、主上の母后となられた徳子様が、法皇様より院号宣下を受けて建礼門院様となられた。すでに主上の母后には別の方がなられている。……法皇様が主上と平家を引き離そうとしているということだ。まだ主上が幼くていらっしゃる以上、平家の頼りは建礼門院様ただお一人なのに……」

 そう言って通盛はため息を吐いた。

 父清盛の支えで、高倉院の中宮、そして安徳帝の国母として世に君臨した徳子。最早、建礼門院となり安徳帝と引き離された、権力の中心から離脱させられた。

 高倉院、父清盛も相次いでこの世を去り、残された平家としては、自分たちの政治基盤に不安を抱かざるを得ないのだろう。

 それは確かに非常に胃が痛くなる問題だ、と小宰相は眉を下げた。

「もう少しすれば戦の時期になるから、それもまた憂鬱だと思ってね。北陸には木曽義仲という源氏の男が根を張っていて、力を伸ばしている。飢饉に見舞われている今、食糧調達で大事な北陸を絶対に奪われてはいけないし、今後の為にも鎮圧しなければ」

 それは通盛の固い決意が込められた言葉だった。

「通盛様は戦に行くのが怖くないのですか」

 小宰相は通盛についてずっと気になっていたことを尋ねると、通盛は不思議なほど穏やかに笑った。

「『お前は武家の息子だ』だと言って、戦を経験している父に厳しく躾けられたから恐ろしくはない」

「……そうですか」

「でも、わたしより弟の方が性に合っているみたいだ」

 彼は肩を竦めて可笑しそうに笑った。