重盛の顔に緊張が走る。
 通盛の心臓も落ち着きなく騒ぎ出した。

 何故、今ここに後白河法皇がおいでになるのか。

 通盛はとんでもない場に居合わせてしまったものだ、と腰を浮かせた。

「重盛様、私はこれにて失礼いたします」

「……ああ。もっとお前と話がしたかったのだが」

 病床の従兄は心なしか晴れない顔をしていた。

 通盛は「また参りますゆえ」と従兄を真っ直ぐに見つめて微笑んだ。

 彼に一礼して退室すると、ちょうど廊下の奥から案内役に導かれてこちらにやってくる老いた男が見えた。

 目映(まばゆ)い黄金色の豪奢な着物を纏い、人を畏怖させる威厳を持ったその人こそが、他でもない後白河法皇である。

 通盛は脇に避けて頭を下げ、後白河法皇に道を譲った。

 後白河法皇が重盛の部屋に入るのを見届けると、再び歩を進めた。

 廊下で待機していた菊王丸も通盛に従う。

「通盛様、何故、法皇様は重盛様の元へいらっしゃったのでしょうか」

 背中に菊王丸の疑問の声が投げかけられる。

 通盛は一瞬だけ視線を空に走らせたが、落ち着いた声音で答えた。

「私と同じくお見舞いだろう」

「……そうなのでしょうか」

 明らかに納得していないという答えが帰ってきた。

 正直な子だ、と通盛は人知れず苦笑し、「重盛様はとても人望のある方だからな」と誰に言うでもなく呟いた。