真と別れてからは、しばらく通いでバイトを続けた。門司から黒崎だったので、バスと電車で通った。

 実家に居たくない気持ちは変わらず、バイトが終わってもまっすぐは帰らず、駅でブラブラしたりしていた。
 ナンパやスカウトも多かった。
「お姉ちゃん、一緒に遊ぼーや!」
「あたし、いくつか当てれたらいいよ!」
「んー、25!」
「残念!17です。またねー!」
…と、あしらい方も慣れてきた。

「お姉ちゃん、暇なら遊ぼ!」
またか…と思いつつ、
「はい、あたしの年はいくつでしょう?」
「22?」
「はい、残念!あたし17!………ちょい待ち!今からしばらく彼氏ね!」
「は?………ラジャ!」

 そこに来たのは警察。
「何してるの?」
「彼氏とデートしてたら、遅くなっちゃって…」
わたしは平然とそう答える。
「失礼だけど、いくつかな?」
「17だけど、両親も知ってますよ?電話します?」
わたしはPHSをチラつかせる。
「いや。そこまではしなくていいけど、遅いから早く帰りなさいね。」
 タバコを吸っているわたしに、警官は最後に付け加えるようにこう言った。
「それから、タバコはまだ早いよ!」
「はーい…」
 少し離れた所で職質を受けていた彼も解放され、警官は、彼氏と思っている男に
「早く送ってあげなさいよ!」
と言い残して去っていく。

「助かった!ありがとー!」
去ろうとするわたしを、彼は引き止める。
「ちょっと待てよ!それだけ?」
わたしは振り向いて、
「なんかまだある?」
と聞いた。
「お礼のチューとか…?」
………めんど………
「わかった。」
軽いフレンチキスをして、早々に立ち去る。
彼はまだ何か言っていたけど、後ろ手に手を振った。

……つまんないし、帰ろうかな?
 ベンチに腰掛け、足をぶらつかせながらタバコを吸っていると、背の低い、作業ズボンにTシャツで、ボサボサ頭の男が声をかけてきた。
「ねーちゃん、ヒマなん?」
「ヒマやけど、クイズに正解した人としか遊ばんと!」
「そのクイズ、オレもしたい!」
「あたしはいくつでしょうか?」
「うーん………じゅうー……なな??」
「え??すごい!!お兄さんビンゴ!!いーよ!遊ぼ!」

 意外な正解者に、わたしはテンション上がりっ放しだった。
「お兄さん名前は?」
榊涼介(さかきりょうすけ)
「なら涼くんだね!いくつ?」
「25だよ!そこに車止めてるから…」
「姉ちゃん名前は?」
「愁、相沢愁だよ!」

わたしは車を見て驚く。
「すごぉい!なにこれー!!」
「アメ車。知らない?カマロってゆーんやけど…」
「左ハンやん!カッコイイ!」
わたしは初めて乗る右の席に興奮していた。

 涼介は、
「愁ちゃん猫好き?」
と、突然聞いてきた。
「んー…嫌いではないかな?」
「家、猫飼ってんだけど、見に来ない?」
……なるほど…そういうことか……涼介の下心に気付きながら、知らないフリをする。
「行こうかなー…」

 意外なことに、涼介は実家暮らしだった。転がり込めねーじゃん!内心舌打ちをしながら、
「親おらんと?」
…探りを入れる。
「かあちゃんおるけど、夜勤やけ、帰ってこんよ!」
わたしは
「ふーん」
と、心無い返事をしながら、へやをぶらつく。

 猫は人懐っこいのか、わたしの腕の中でおとなしくしていた。
「珍しい。そいつ、客に懐くこと無いんに…」
「へー………人の上で落ち着いてるけど?」
ふてぶてしく寝ようとしている猫をさする。

「そう!コイツ海苔好きなん!」
なかなかどく様子のない猫に、慌ててエサを持ってくる。

「ジン、海苔だぞー。」
ようやっと猫はわたしのひざから降りた。

 そこからは、なし崩しだった。コトが終わって、タバコをふかしながら涼介は言った。
「愁ちゃん、彼氏おると?」
「んー…今はいないかなー…元カレの更正待ち…みたいな?」
「じゃあ、オレと付き合おう!……とか、ダメ?」
「いいよ!ただし、あたし家に帰りたくないんね!やけ、
頻繁に会えないとダメ!」
「オレ、船乗りなんね!やけ、今からしばらくは仕事ないけ、付き合おう!」
「いーよ。」
ノリだった。たいしてイケメンでもない。わたしよりも背の低い涼介。…誰でもよかった…ただ、自分の居場所が欲しかった。

 当時は心療内科のドラマが多くあった。わたしは自分のセルフチェックをマメにしていた。そこで出てくるボーダーラインという病名が気になり、自分なりに調べてみる。合致するところが多く、心療内科を受診したいと母に告げた。
 母はすでに、脊髄小脳変性症を発症しており、外出が減っていたので、一人で受診した。
 病院でカウンセリングを受けると、父か母を呼んで来いと言われた。次回、母を連れて行った。父は仕事だった。

 カウンセラーの人が、
「愁ちゃんは小学4年生くらいの精神年齢で止まっています。だから、小学生のお子さんに接するように接してあげてください。例えば、スキンシップを多く取るとか、褒めるところは大げさに褒めてあげるとか…。」
「……はぁ。……」
わかってはいないな…と思いながら、帰路につく。

 思えばこれが最後のチャンスだったと思う。

 家に帰ってからも、父に話す様子もなく、父も全く聞くことは無かった。

 わたしは、リスカを始めた。心の傷が見えないから気にかけてくれないんだと思って、形にすれば心配するだろう…。という安易な考えだった。
 切っては母のところに行き、手当てをせがんだ。その度に、母からは面倒そうな手当てと、叱咤がとんだ。 
「またやったの?もうやめなさい!」

 わたしは生きていることに疲れていた。涼介と会っても、満たされない…。ポッカリと空いた穴は埋まらない。

 涼介は仕事をトラックの運ちゃんに変えた。わたしが
「船に乗るなら別れよう。」
と言ったのが原因だった。わたしを一人にする人はいらなかった。
 しかし、残業で遅くなると言われればリスカをし、それでも来ないと、駅近くのナンパスポットを待ち合わせ場所に指定した。

 彼との思い出もいろいろあるが、それもまた別の機会に…。

 わたしが初めて自殺未遂をした理由は、もう忘れてしまった。鎮痛剤を100錠飲み、しばらくの吐き気の後意識が途切れた。目が覚めると真っ白な天井……

………失敗………


点滴の管を見て思う。父が窓ぎわに立っていた。
泣くかな?少しの期待を持って声をかける。
「お父さん……」
振り返った父の落胆したような顔。
「お前は何がしたいんか!お父さんは仕事があるけ、帰るぞ!」

……それだけかよ!くそ親父!!……

怒りで震えそうになるのを必死でおさえた。