花と黒猫の輪舞曲

一瞬、あまりに突然で幻かと思った。けれど、少し手を伸ばせば届く程近くにあるその頬に指先でソッと触れると子供らしからぬ少し低いヒヤリとした体温があって、思わず心の中で「本物だ」と呟く。撫でる様にスルリと動かせば、彼の口が小さく震えた。

「?」

何?と首を傾げれば今度は先程よりも幾分かハッキリと。

「…側に」

夢の中で聞いた声と同じ幼さを持った少し高い音。だけど、その声はあのときよりも弱々しく聞こえた。

見えた男の子の瞳は目も覚める様な真っ赤薔薇を連想させる、真紅。

『大丈夫』

怖いなんて感じない。恐れなんて感じない。ただ胸を占めるのはやっと会えたと思う歓喜とどうして悲しそうな顔をするのだろう?と少しの疑問。

夢の中で私が「会いに行くから」と言ったときの気持ちが蘇る。

それは母性にも似ていて、目の前で不安そうにする男の子をどうにかしてあげたかった。

『私が居るから、側に居るから大丈夫』

声は出ない。
ただ口がパクパクと動くだけで言葉にはなっていなかったけれど安心させる様に笑いかければ男の子も僅かに表情を崩した気がした。

それは本当に一瞬で見間違いかもしれない。