あれだけ侮辱されたというのに、心のどこかで諒太を信じている自分が手に負えず、涙があふれているのだ。

「コンタクトがずれただけです。だから大丈夫です」

彩実はこれ以上今江が心配しないようそう言って、明るく笑った。



自宅に戻った彩実は、自室のチェストの奥にしまっていた一本の腕時計を取り出した。

時々取り出しては丁寧に磨いて大切にしている彼女の宝物だ。

ブラックスチールのストラップに、濃紺の文字盤と深紅の三針。

文字盤の裏側にはシリアルナンバーが刻まれている。

「05……」

05という文字を、彩実はそっと指先で撫でた。

今日諒太が身に着けていた腕時計と対になっている腕時計を、彩実はじっと見つめた。

彩実が体調を崩したとき、医師が彩実の腕時計を外したのだが、サイドテーブルに置こうとして手が滑り落としてしまった。

運悪くフローリングの上に勢いよく落ち、時計は壊れてしまった。

『代わりにこれを持って帰るといい』

そのとき、諒太は自分の手から外した腕時計を躊躇なく彩実にくれたのだ。

その時計が世間で騒がれていた腕時計だと気づいたのは、それからかなり時間が経った後のことで、その価値に気づいた彩実が慌てたのは言うまでもない。

けれど、簡単に会える相手でもないのも事実。

今更返すことはできない……。

実際はその気になれば容易に返せたのだが、彩実には返すことができなかった。

初恋の思い出にと、ひっそり隠し、時々取り出しては癒されていた。

「結婚……どうしよう」

再び腕時計をチェストに戻しながら、彩実は深い溜息を吐いた。