あれは、誰が言った言葉が発端だっただろうか。

 「ーーねえ。あのさ……これから1日ずつ、いじめを体験してみるっていう考え、どう思う?」

 誰かが、確か、髪が腰よりも長い女子生徒の誰かが、唐突にそう言ったのだ。

 「どういうことだ?」

 その頃の学級委員長が、その子に聞いた。彼女は、少し困ったような表情になりながら言った。

 「このクラスは、珍しいくらいに仲が良いでしょう? いじめなんて、絶対になさそうだし、これまでも、これからも、きっと無いでしょう? 三年間も同じクラスなのだから、少しだけ、お試しでやってみない?」

 それもそうだなーーその場にいた全員が、一瞬だけでも、そう思ってしまった。三年間もある、のだから、少しくらいなら……そう、考えたのだ。

 「でも、やるならやるなりに、色々決めなくちゃならないぞ?」

 学級委員長が、その場を仕切り始める。そして、クラスメート全員が、当然のようにそれに従う。

 「じゃあ、最初にルールを決めよう。何か意見がある人は?」

 数人の手がパラパラと挙がる。意外な人物も手を挙げていた。発表・発言が苦手なあいつ、ルール・決まりが大嫌いな彼、あまりクラスのことに興味の無さそうな彼女……。

 「A君からどうぞ」

 学級委員長が、A君を指名した。

 「はい。まず、先生には秘密、ということで良いですよね? それから、ひとり1日ですよね? その確認がしたいだけだったので」

 A君が堂々とした態度で言い切った。

 「そうですね……皆さん、それで宜しいですか?」

 「いいよ」

 「逆に、先生に言いたいのか? 何日もいじめられたいのか? 俺は嫌だ」

 学級委員長の問いに、皆、口々に賛成意見をあげる。

 「では、決定しますね。先生達には秘密。そして、ひとり1日ずつ。他に意見は?」

 「わたしから、いい?」

 Bちゃんが、おずおずといった様子で手を挙げた。

 「ああ、いいよ」

 「いじめって、何を、というか、何処までならやってもいいの?」

 Bちゃんの質問に、教室が一気に騒がしくなった。

 「…そういえば、そうだね」

 学級委員長がポツリと呟く。

 「俺からも、いいか?」

 C君が言った。

 「順番は? 出席番号順でいいのか?」

 いつの間にか、教室は静まり返っていた。

 「僕、から?」

 A君の顔が、見る間に青くなってゆく。

 「他に、何か意見は? 出席番号順以外で」

 学級委員長が言う。学級委員長の顔も、少し青ざめている。

 「席順は、どうかな?」

 D君が言う。皆は何も言わない。学級委員長さえも。いや、言えなくなったのだ。

 「お前ら、いつになったら帰るんだ?」

 そう言って、担任の先生が、教室に入ってきた。
 外を見ると、丁度、太陽が沈んで消えるところだった。

 「はやく帰れよ」

 担任はそう言って、教室いる僕らの顔を、ひとりひとり見る。

 「よし。皆、帰ろうか。ところで、明日から実行したいから……A君、いいか?」

 学級委員長の言葉に、A君が軽く頷く。そして、それを見た僕らは、帰ろうか、と立ち上がった。

 「先生、さよなら」

 「さようなら」

 そう言って、僕らは逃げるように家に帰って行ったんだ。


 これから、どんなことが起こるのか、誰も何も分からないまま。