「緋色ちゃん、大丈夫?」
 「………うん。大丈夫………。」
 「顔、強ばってるよ。」


 泉の運転する車で望が待つ実家に向かった。
町の外れにある静かな高台の上にある屋敷が緋色が育ったという家だった。
 敷地の駐車場に車を停めてから、泉は心配そうに緋色の顔色を見つめていた。緋色は自分でもわかっている。緊張からか顔が固くなっている事が。
 婚約の報告をしに来た時よりも緊張しているのは、今日話す事が良いことではないからだろう。
 緋色ははーっと息を吐いた後、「行きましょう。」と、強い言葉を発した。





 そして、いつものように「おかえり。」と、ぎこちなく微笑みながら望は緋色を出迎えていた。泉を見ると少しだけホッとした表情になっていたのを、緋色は少し悲しくなりながら見つめていた。父にそんな顔をさせてしまうのは自分のせいだというのに。そして、苦手な父にどう思われようと、気にするべきではないはずなのに………。


 実家に帰ってくる時はいつもドキドキしていた。それは、記憶がなくなってしまった後からの話だけれど、なるべくならば父に合わないように帰ってきた。帰ってくる理由はいろいろだったけれど、緋色は必ず母の慰霊に手を合わせていた。にこやかに微笑む母の写真の前には母がお気に入りのカップに紅茶が淹れてある。それは、父が毎日行っている習慣のようだった。
 今日は泉と一緒に手を合わせてから、リビングに移動する。