14話「母の記憶」





 「どうしたの?緋色ちゃん………。」
 「…………苦手なんです。お父様が………。」


 緋色は食事の手を止めて、視線をずらした。
 父親の事は誰にも話したことがなかった。話せるはずもなかった。
 だから、泉に問われるとどうしていいのかわからないのだ。


 「………前からそれは感じていたよ。どうしてお義父さんが苦手なのか、俺に話してくれないかな。」
 「でも…………。」
 「結婚するんだ。もう他人事じゃないよ。」
 「いい話じゃないよ。もしかしたら、嫌いになるかもしれない。」


 そう言いながら、自分はなんて勝手なんだろうと緋色は思った。自分の気持ちを感じとり悲しくなる。
 相談する事よりも、泉に嫌われるのが怖かった。彼は話した事ぐらいで嫌いになるはずはない。それはわかっていたけれど、怖かったのだ。
 幸せな生活が呆気なく終わってしまうのが。


 本当の夫婦にもなれるかわからない関係なのに、彼との生活を失うのが怖くなってしまうのだ。


 そんな緋色の気持ちを感じ取ってか、泉はゆっくりと頷いて「大丈夫だよ。」と言って、緋色の不安を少し和らげてくれた。