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 泉は緋色の姿見がマンションのエントランスに消えていくのを見送ると、ハーッと大きく息を吐いた。



 「本当にこんな日がくるなんて………。」


 緋色との結婚。
 そして、一緒に生活していく事。
 先程のキス。

 それを思い出しては、泉は幸せな感情に浸ってしまう。
 けれど、それと同時に押し寄せてくる別の感情がある。

 それは、「後ろめたさ」だった。


 「俺はあと何回、彼女に嘘をつかなきゃいけないんだろうか………。」

 そう小さく呟いた言葉は、静かな車の中に消えていく。彼女には伝えられない言葉。

 
 「…………お願いだから、思い出さないでくれ………。ずっと忘れたままでいいから………。」

 泉の想いはただそれだけだった。



 それが、きっと幸せであるための形なのだから。