「泉くん………苦しい………。」
 「だめだ………行っちゃダメなんだ………。」
 「………行かない………行かないから…………。泉くんっ!」
 「っっ………あ、ごめんっ………。」

 緋色の大きな声が静かな部屋に響いた。
 それに驚き、虚ろだった彼の瞳がやっとこちらに向けられた。
 強く抱きしめていた事に気づいたのか、泉は力を弱めて緋色から離れた。

 「泉くん………?」
 「ごめん………。なんか、心配なって………。」
 「……………。」
 「緋色ちゃんが事故に遭ったって話しを楪さんにも聞いたから。だから………心配になってたんだ。だから、帰りは俺が送っていきたいんだ。いいかな?」
 「う、うん………ありがとう。」


 心配そうに緋色の顔色を伺う泉に、緋色が返事をすると、彼はホッとした表情で微笑んだ。




 経った数分の距離だが、泉は車を出してくれた。
 有名人である泉の事を考えると、車の方が彼にとってもいいのかもしれない。
 けれど、どうしてあんなにも緋色を1人で帰すのを怖がっていたのか。それはよくわからない。けれど、事故に遭ったときに泉に悲しい思いをさせてしまったのかもしれないと緋色は考えた。
 彼と緋色が、本当に記憶を失くす前に会っていればの話しだが………。