緋色の好きな作家、白碧蒼は数年前から本を出版していない。連載もストップしており、ファン達は悲しいんでるのだ。その中の1人が緋色だ。彼の事情もあるのはわかる。けれど、とても素敵な作品だからこそ、続きを読みたい、終わってほしくないと思う。その気持ちを彼に伝えたかった。
 すると、丁度信号が赤になり、車は止まった。

 泉は、少し考えた後、緋色の方を向いた。


 「今は他にどうしてもやらなきゃいけない事があるんだ。それは、小説よりも何よりも大切な事………それに集中したくて、執筆は止めているんだ。物語を書いているとどうしても夢中になって他の事を考えられなくなっちゃうからね。」


 ニッコリと笑い、泉は緋色の頭を優しくポンポンと撫でた。


 「でも、いつかは続きを書きたいと思ってるよ。こうやって楽しみにしてくれるファンが近くにいるからね。」


 緋色に心配かけないようにという言葉だったけれど、その時の泉の表情は忘れられないものだった。


 悲しむわけでもない、微笑むわけでもない。
 とても強い意思を感じる、まっすくな瞳がそこにはあった。


 その瞳はすぐに逸れてしまい、また泉は運転に戻ってしまう。けれど、緋色はその表情の意味がわからずにいた。