「思い出した小さな頃の泉くんも、初めて告白してくれた泉くんも………恋人になった時も、キスをした時も………2人で笑ってた思い出も忘れたくないのっっ………!!」


 緋色は、そう言うと泣き崩れて泉に倒れ込む。
 泉はそんな彼女の心を知り、目の奥が熱くなった。
 
 彼女に覚えていてほしい。自分と愛し合った日々を忘れて欲しくない。
 けれど、それが彼女を苦しめることになるのならば………。


 「緋色ちゃん、よく聞いて………」
 「い、泉くん…………」


 緋色がゆっくりと顔を上げる。
 泉は優しく微笑んで、緋色の頬を両手で包んだ。
 涙が溢れそうになるのを必死に我慢して、泉は微笑んだ。


 「忘れるんだ。全て………忘れていい………」
 「っっ………いや、忘れたくないよ。あなたの事………」


 緋色の瞳がゆっくりと閉じようとしている。
 記憶が一気に蘇り、疲れ果てているのだろう。
 それでも、必死に泉を見ようとしている。
 彼女が最後に見る自分が微笑んだ顔であるように、必死に笑顔をつくる。それが本当に笑えているのかわからない。けれど、彼女が安心して忘れられるように、泉は笑った。


 「何度でも君に会いに行くよ。そして、何回でも僕を好きにさせる。………だから、忘れるんだ。」
 「………泉くん………ごめんなさい………」
 「いいんだ。ゆっくり眠って………」
 「泉くん………私、あなたを………」


 緋色は泉の腕の中で、ゆっくりと目を閉じた。瞳にたまっていた涙が頬をつたい、泉の腕に流れ落ちた。
 それは、とても温かかった。


 彼女が最後に何を言いたかったのか。
 泉は「待っている」だといいな、と思った。

 緋色の静かな寝息を感じながら、泉は彼女を強くつよく抱きしめた。