数冊の本を手に持った緋色は、泉の居る方に歩いてきた。きっと借りる本を選び終わったのだろう。
 ここは図書館の奥だ。平日の夜とあって人も少なく、この棚のスペースには誰もいない。

 緋色が自分とすれ違う前に、泉は思い切って声を掛けた。


 「あの………すみません!」
 「………は、はい………」


 突然見知らぬ男に声を掛けられて驚いたのだろう。緋色は、目を大きくして泉を見つめた。
 久しぶりに彼女の瞳に自分が写っている。そして、すぐ近くに緋色が居る。それだけで嬉しくて、泉は少し瞳が潤んでしまった。

 そんな泉を少し不思議そうに見つめながら、緋色は泉の言葉を待ってくれているようだった。
 泉は彼女が胸に抱いている本を指差して、話しを続けた。


 「ファ、ファンタジー小説、お好きなんですね」
 「はい………」
 「あの、俺も好きなんです。ファンタジー小説………」
 「そう、なんですね」


 緋色は少し困った顔をしながらも嬉しそうに微笑んでくれた。自分にも笑ってくれた。たったそれだけの事。だけれど、泉は胸が苦しくなるぐらいの幸せを感じた。