『緋色は心に傷を負いすぎてしまって、どうしようもなくなったんだろうね。………自分を守るために、記憶を亡くしたんだ』
 「記憶………?」
 『今まで生きてきた思い出。両親が死んでしまって施設で過ごした事。好きな食べ物や物語の事。そして、私達の事。…………泉くんの事も、だ』
 「お、俺の事も忘れてしまった…………」


 緋色が自分を忘れてしまった。
 泉に更なる衝撃が走った。

 ずっと面倒を見てくれて緋色。毎日会っては沢山笑い、喧嘩をしたり、本を読んだり、庭を走り回ったりした。
 泉にとって大切な思い出を彼女はもう知らないのだ。
 それが、信じられなかった。


 「緋色ちゃんは……俺と会ったら思い出すかもしれない!だから、俺が会いに行けば………」
 『………緋色はまだ傷ついている。思い出せばどうなってしまうか………。だから、私達は緋色の記憶を無理に取り戻させようとはしない事にしたんだ』
 「……………」
 『今は彼女には安静した時間が必要なんだ。………けれど、きっとこの事件を知って乗り越えなければいけない日がくる。だから、私達はそれまで待つことにした。………本当の両親となり、嘘をつき続ける。彼女が20歳になるまでは。………それまでは、泉くんも手紙などは控えてほしい。君がそれでも緋色を大切にしてくれるのなら、大人になったら迎えに来てくれないか』
 「…………わかりました」