「俺の緋色を勝手に連れていくな!」
 「…………ん?」


 茶色のスーツに身をつつんだ、いかにも紳士的な優しい風貌の男だった。焦げ茶色の帽子と、細身フレームの眼鏡もよく似合っている。

 泉は、その男を睨み付けながら見上げた。
 すると、望は困ったように微笑み、少し身を屈めた。


 「君は………緋色ちゃんと仲良くしてくれている、泉くんだったね」
 「緋色は俺が守るって決めたんだ!おまえに緋色を渡すつもりはない!」
 「………君は、緋色ちゃんが好きなんだね」
 「そうだっ!」


 恥ずかしさもあったはずだ。
 それに、自分でも緋色に好意を持っているのだと幼いながらに気がつきつつも、まだよくわかっていなかった。けれど、普段の泉ならば恥ずかしくて断言出来かっただろうが、その時は違った。
 今思うと、彼女が好きという気持ちは強かったのかもしれない。


 「そうか………」


 望は、嬉しそうにそして少しだけ申し訳なさそうにそう言った。
 その時の表情は、大人になった今でも泉は覚えていた。
 その後、「泉くん」と言った声は先程間での優しい声ではなく、とても真剣なもので、子どもの泉に向けるようなものではなかった。
 けれど、大人である望が泉と対等に話そうとしているのが子どもながらに泉には理解出来た。