泉にとって、緋色は全てだった。

 彼女に勉強を教えてもらい、友達の作り方を教えてもらい、本は楽しいものだと教えてくれた。
 彼女はかなりの読書家で、図書館に行っては沢山の物語を借りていた。まだスラスラと字が読めなかった泉には話を教えてくれたり、朗読してくれたりと、本の魅力を伝えたのだ。
 「私はファンタジーの物語が好きなのよ。この世界ではありえない、魔法を使ったり、竜がいたり、妖精がいたり、美味しそうな食べ物があったり………想像するだけでワクワクするわ。それに、1つの妖精を想像するだけで、一人一人違う妖精を考える………その度に新しい妖精が誕生するのよ。本って面白いよね」と、目をキラキラさせて話してくれたのを、泉は覚えていた。
 きっと、緋色が物語が好きだから、泉は作家になろうと思ったのだろう。
 彼女に喜んでもらいたい。笑ってもらいたい。そう、思っていた。


 緋色は自分の前ではいつも笑顔だったけれど、夜になると泣いているのを知っていた。両親の記憶がある頃に亡くなってしまったのだ。緋色は、夜に部屋を抜け出して教会で祈るように泣いているのを見たことがあった。
 月の光が教会に注がれ、ステンドグラスの光によって彼女は色とりどりに輝いていた。緋色は悲しんでいるのに、泉は妖精のように綺麗だなと思ってしまった。

 そして、泉が緋色に近づくと彼女は涙を拭いていつものように「どうしたの?泉くん?」と微笑むのだ。
 泉はそれがどうしても悔しかった。自分より年上の女の子に頼られるのは無理なのだとわかった。だからこそ、頼られる男になろう、とそう決めた。


 泉は、緋色のために早く大きくなりたいと思い続けていた。
 そして、ずっと一緒に居れるとも思っていた。



 けれど、2人の別れはすぐに訪れる事になるのだ。

 緋色に楪家の養子になる事が決まったのだった。