「あの、お客様。大丈夫ですか?」
 「………すみません。妻の体調がすぐれないようで。今回の予約はキャンセルさせてください。お代は支払いますので」
 「いえ。今回はけっこうですので、お大事にしてください」
 「………申し訳ないです。ありがとうございます」
 
 
 泉は店のスタッフに頭を下げると、緋色の肩を抱いて店を出た。


 「緋色ちゃん、大丈夫?」
 「ぃゃ…………こわい…………っっ………や…………」
 「ごめん…………怖い思いをさせて。俺がしっかりしてなかったから」


 緋色の耳に誰かの優しい声がした。
 そして、甘い香りと温かい体温。
 真っ暗な視界と、キャンドルの光りの中でも、何故か安心出来るものだった。


 「ゆっくり深呼吸するんだ」
 「………あ…………だれ…………」
 「俺だよ………泉だ」
 「……………………」


 その声を聞いて、ゆっくりと呼吸を整える。すると、先ほどまでの景色に光りが差し込み、誰かの顔が見えた。それが男性だとわかると、緋色はビクッと怯えてしまう。けれど、よく見るとそれは緋色が大好きな人だった。


 「いずみ………くん?」
 「あぁ………よかった。俺だよ………」
 「うん…………よかった………泉くんだ…………」


 緋色は安心したのか、体の力が抜けた。
 それを泉が支えて抱きかかえる。


 「もう大丈夫だから。ゆっくり休んで」
 「ん…………」


 いつもの優しい声と甘い綿菓子の香り。
 それが緋色を現実へと戻してくれる。
 緋色はそのまま、ゆっくりと瞳を閉じて、そのまま眠ってしまった。


 そんな緋色を見つめながら、泉は悔しそうに歯を食い縛り緋色を強く抱きしめた。



 「くそっ………まだ、ダメなのか………」



 緋色の体の震えや真っ白だった顔は、ゆっくりと元に戻っていた。