挙式の後は参列者と写真を撮った後に、直接お礼の言葉を伝えられる時間があった。
 望の他にも、職場の上司や愛音、そして、泉の空手の先生など数人が参列してくれた。そして、もう1人望と同年代ぐらいの女性が来てくれていた。


 「緋色。この方が施設でお世話になっていた方だよ。」
 「今日はお招きありがとうございます。とても素敵な式だったわ。結婚おめでとう。緋色さん、泉さん。」
 「ありがとうございます。」
 「わざわざ来ていただき、ありがとうございました。」


 柔和な雰囲気を持つその女性は、緋色と泉の言葉を聞きながらもニコニコと微笑んでいた。そして、ジッと顔を見つめた後に懐かしそうに目を細めた。


 「緋色さんは覚えていないかもしれないけれど、あなたはとっても真面目でしっかりとした女の子だったわ。本が大好きで、わからない言葉があった時のために隣に辞書を置いて本を読んでいるのを見て驚いたもの。それに、私たちの手伝いもしてくれて。本当に助かっていたわ。」
 「………すみません。その頃の記憶も全て事故でなくなってしまって。それでも、小さな頃の話しが聞けて嬉しいです。」
 「そうだったわね………。残念だけど、これからたくさん幸せな事を経験して思い出を増やしていけるといいわね。」


 その施設に勤めている女性は、悲しげに目を伏せながらそう言った。彼女も緋色の事故の事は知っているようだった。


 「それにしても、まさかあの松雪泉さんと結婚するなんて。驚いたけれど、施設の人たちも喜ぶわよ」
 「………私も彼のような有名な方と結婚する事になるなんて、思ってもいませんでした。でも、泉くんに出会えてよかったです」
 「そうね。………泉さんと一緒なら幸せになれるわ。応援している。………今度は2人で施設に遊びに来てくださいね」
 「はい。ぜひ、お邪魔します」


 隣りで話しを聞いていた泉は、そう返事をしてくれた。緋色は、自分が幼い頃育った場所を見てみたいと思っていたので、その話しはありがたい事だった。
 いつか2人で訪れてみたいと思った。
 もしかしたら、無くしてしまった記憶を取り戻すことが出来るかもしれない。そんな、淡い期待を持っていた。