望は嘘が下手だった。
 それとも、緋色に嘘をつきたくなったのかもしれない。
 けれど、昔の話を避けたのはすぐにわかった。そして、なくなってしまった記憶の事は忘れて欲しいような言い方に聞こえ、緋色は疑問が残った。


 「さて、そろそろ時間だろう。花嫁がそんな難しい顔をしない方がいい。1番幸せな時間なんだ。楽しんできなさい」
 「ありがとうございます。いえ、ありがとうございました、お父様。私はお父様やお母様と過ごした時間があったから今の私があります。感謝しています」


 緋色がゆっくりと、そして深くお辞儀をする。お別れではないはずなのに、自然と込み上げてくる物があり、緋色は必死にそれを我慢した。

 すると、優しい声が聞こえた。


 「家も近いんだ。いつでも帰ってきなさい。茜にも会いに来てくれ」
 「はい。喜んで」


 緋色は潤んだ瞳のまま望を見て、ニッコリと微笑むと、望も目尻のシワを深くして微笑み返した。

 緋色は望の腕に手を置き、重い扉が開かれた後に、ゆっくりと進む。パイプオルガンの音楽が鳴り響く憧れの教会に父と共に1歩ずつゆっくりと進んでいった。