「………また、お見合いしろって言われちゃうかもしれないな………。」
 「そんなに結婚したくないんですか?」
 「………そう、ね。………だって、本当に好きってわからなくて。私の気持ちも、相手の気持ちも。それが本当なのかなんて、わからないじゃない。………だから、少し怖いの。」
 「それって、誰かを好きになったことがないってことですか?」
 「…………好き………そんな人、いなかった………?」


 緋色は、すぐに「そんな人なんていないわ。」と言おうと思った。
 けど、その言葉に違和感を覚えたのだ。
 付き合った人も、好きになった人も今までいないはずなのに、チクッと胸が痛んだのだ。そして、何故か切ない気持ちにさせられた。


 「どうしたんですか?」
 「………え。なんでもないわ。………好きなった人なんていないの。だから、結婚するのもよくわからない。…………けど、父親が決めた結婚相手と結婚するのは嫌だわ。」
 「そう、ですか…………。」


 その男は、緋色の言葉を聞いた瞬間、困った表情を見せていた。何故彼がそんな顔をするのかはわからなかった。けれど、人の恋愛の話しなど聞いてもどうしていいのかわからないのは当然だな、と緋色は自分が愚痴を洩らしてしまった事を反省した。


 「ごめんなさい。変な話しをしてしまって。………これ、眼鏡の修理代。もし、それで足りなかったら………。」


 緋色は財布から数枚のお札を取りだし、彼に渡そうとした
 

 「それは受け取れません。」
 「私が悪いのだから、受け取って。」
 「…………お金じゃなくてもいいですか?」
 「え………何を言って………。」


 お金を持ったままの緋色の手を、男は握りしめた。大きくて温かい手だ。
 そして、真っ直ぐ緋色を見つめる目は赤茶色をしており、トパーズのようだった。


 「お金はいりません。………だから、俺と結婚してくれませんか?」


 名前を知らない目の前の男。

 そんな彼からの突然のプロポーズに、緋色はしばらくの間、声を出せずに唖然としてしまったのだった。