どれくらいの時間が過ぎたのか

簡易的な、ベットの上にわたしは寝かされていた。


身体は鉛のように重くて動けない。
顔だけなんとか動かすけれど、
見覚えのないグレーの高い天井。

そして、埃の匂い。

「お目覚めかな。」
「、、、たちばな、くん?」

学校で見かけるような、私と二人きりでいる時のような甘い優しい彼はいなかった。


ぞくっとするような冷たい目つき、口の端で笑う彼。
同じ橘くんとは思えなかった。

そういえばここにわたしはなんで?
頭がうまく働かない、、、、

必死で記憶を辿ると

公園でわたし、
名前呼ばれた。

そのあと、まっくらになった。

あの時の声は聞いたことがある。


もしかして

「公園でびしょ濡れだったけど、そのままでごめんね。」

「橘くん、これはいったい、」

「君を誘拐しました。」

「えっ?」

「なんて。冗談だよ。公園で濡れていたから連れてきたんだ。」

「あ、ありがとう,、、、ここはどこ?」

倉庫?のような、広いコンクリートむき出しの空間。

家具とか全くなくて、わたしが寝ているベットと、丸い木目調のテーブルと、椅子くらい。

「場所はちょっと言えないけど、僕のもう一つの生活場所だよ」

橘くんには、似合わない生活空間。


「こんなに、濡れて」


橘くんが私の、髪の毛に触れる。

真夏ということもあって、髪の毛はだいぶ乾いていた。


橘くんがギュッと抱きしめる。

「あっ、濡れるから」
「いいよ。大丈夫。」
そう言いながら、顔が近づく。

「た、たちばなくん!」
もう少しで、キスされそうになった。

「ご、ごめんね。わたし、帰るね」

ここにいちゃ、ダメだ。

本能的に、ここに、橘くんといてはいけないと感じた。

ここは、危険だ。

ベットからおき上がろうとして
頭に激痛。

「、、っ」
「ダメだよ。まだ、動いたら。、、すこし、眠ってもらうために、お薬を使ったから」

気を失う直前に何か口元を覆ったのは、薬を含ませたハンカチだったのかも。

「なんでそんなこと」

「なんでって。杏が悪いんだよ?いつまでも僕のものにならないから。」

橘くんの表情に、背筋が凍った。

「杏、僕はこんなに杏のこと好きなのに。高校の入学式からずっと見ていたのに。、、杏、僕のものになって。」

橘くんがベットに膝をかけて、
重みでギシっと、音がなる。


「あのね、わたし、やっぱり
橘くんとお付き合いできない」

「ふーん、そんなこと言っていいの?」
目の前の橘くんは、何か企んでいるような笑みを浮かべた。

「これ、なーんだ!」
私の目の前に一枚の写真を出した。

縁がわたしにキスをしている写真。

あの時の、、。
わたしがサッカーボールに当たって保健室に運ばれたときの写真だ。
保健室の外から撮影されたアングル。
窓越しに


ベットに寝ているわたしに、縁が、キスをしている場面が写っていた。


やっぱり、あの時のキスは、縁だった。

「きょうだいなのに、こんなことしていいのかなー。、、これ、ばら撒くよ?」

不敵な笑みを浮かべて、ひらひらと写真をわたしの目の前で振る。
「学校でも優秀で品行方正な高来先輩が、まさか妹とできていた、なんて。、、こんなことバレたらどうなるか、わかるよね?」

言われなくてもわかっている。
学校にもいることはできないだろうし、
わたしは縁のそばにいることもできないだろう。


「お願い、それはやめて。縁に迷惑かかるから!」

震える声で懇願する。
お願いだから、、。



わたしが何言われても構わない。
でも、縁に迷惑をかけるわけにはいかない。


縁は守らなきゃ。


「杏の気持ちが、高来先輩にあるのはわかっていたよ。きょうだいで惹かれあっていることも、本当のきょうだいではないこともね。」

「..お願いだから。言わないで」

「.どうしようかな。
僕の言うこと聞いてくれたら考えてもいいよ」
わたしの唇をなぞりながら、橘くんは耳元でささやく。

わたしは、頷く。



「じゃ、ずっと僕と一緒にいてくれる?」

「.....」

「僕だけ、愛して。」
橘くんの

顔が近づく。

そして、

橘くんの手が、制服の下に滑り込む。

「!!」
橘くんの手が素肌に触れる。


いやだ!いやだ!

「やめて、触らないで」

「そんなこと言えるの?僕の言うこと聞くしかないんだよ?杏に拒否権はないよ」

絶望感で涙が出てくる。



「高来先輩の大切な杏が、僕のものになったらどう思うかな。杏だって、僕に抱かれても高来先輩のところいけるのかな」
「!!!」

悔しくて
悔しくて怒りがこみ上げてくる。

体もだるくて
頭も痛くて

橘くんの手を振り払う力もない。


体が熱い。
発熱しているのかな。

呼吸が苦しくなる。

橘くんは勝手に勘違いして、わたしが興奮しているのかと思ったみたいで、満足そうに口元を緩めて、なお、執拗に触る。


橘くんの手は、執拗に私の体を撫でまわす。

素肌に触れたところが気持ち悪くて仕方ない。

だけど、拒否できない。

拒否したら縁に迷惑がかかる。

妹に、キスしたなんてばれたら、縁は、、、。


私が我慢したらいい。

わたしが守る、縁のこと。

体にまとわりつく

気持ち悪さは、今だけ。

この今だけ我慢したらいい。

体の感覚と、現実を切り離して
私は、何も感じないように、考えないようにしていた。

でも、やっぱり雨で濡れている制服の湿った感触と、橘くんの手の感触が気持ち悪くてどうしようもなかった。

必死に目をつぶって
ただただ、終わるのを待っていた。

体力もない、わたしにできるのはそれだけだった。

橘くんのの、唇が鎖骨を這うように
なぞられて
気持ち悪くて吐きそうになった。

頭もボーとしてて
だるさもひどくなってて
寒気もますます強くなって
抵抗する力もなかった。

雨に打たれてそのままだから
風邪ひいたのか、頭がクラクラする。


まるでハンマーで殴られているみたいに、頭が痛い。

橘くんの、唇が、鎖骨から首筋へ移動して、わたしの口元に触れようとした時

「杏!」

大好きな
愛おしい人の声が聞こえた。


頭があまりにも痛くて
幻聴が聞こえてきたのかな。

ぼんやりと考えていたら
ふわっと体が浮いて
暖かいぬくもりに包まれた。

動くのもしんどいけど、
うっすらと目を開けたら
目の前に愛おしい人の顔が見えた。

縁に会いたくて
わたしおかしくなったのかな。

幻見ているのかな。

もしかして、わたし、死んじゃうから、最後のご褒美に神様が縁の幻を見せてくれたのかな。

「杏!しっかりしろ、おい!目を開けろ!」

体を持ち上げられて、
暖かい胸元に顔を埋める。


大好きなお日様の匂いがして

縁の、匂いだ。

確信して
私は意識を手放した。