「‥杏。」
耳元で優しい声が聞こえた。
頭をなでられている感覚
そして
唇にも何かあたかくてやわらかい感触。

夢なのか・・・
現実なのか・・・

ただ・・その声は・・聞き覚えがあるような気がした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「・・・・・ん・・」

うっすらと
真っ白な天井が目に入った。

ここは・・・

まだ頭が整理できていない。

たしか・・校庭でサッカーの練習試合をしていて
そのとき・・・


そうだ。
ボール・・頭・・ぶつけた・

「気が付いた?」
「たち・・ばなくん」

ジャージ姿の橘くんが心配そうに見ていた。

「ごめん!私、ボールにぶつかって・・いたっ」
慌てて起き上がろうとしたら頭に鈍い痛みが走る。
「痛い?脳震盪おこしたみたいだけど、軽いものだから大丈夫だって」

ずきずきとした頭を押さえつつ
まわりを見渡す。

保健室には私と橘くんだけなのか、ほかの人の話声も聞こえない。

「ありがとう。ごめんね」

「大丈夫だよ。こちらこそ、フォローできなくてごめんね。」

バツがわるそうに謝る橘くん。
橘くんが悪いわけではないのに、こうして謝罪するあたり彼の人柄がうかがえる。

「痛みとかどう?
保健室の先生、用事あるから職員室行ってるけど、必用なら呼んでくるよ?」
「ううん、大丈夫。」

心配そうな橘くんに笑顔でこたえる。

少しずつ、ベットから起き上がると
保健室の窓はすっかり暗闇だった。

今は何時くらいなんだろう。

「保健室の先生がおうちには連絡しているみたいだよ。自分で帰れなかったらお迎えもお願いしているみたい。」
「そうなんだ。たぶん、大丈夫。帰れそうだよ。」
「よかった。もう、暗くなっているし、家まで送るよ」
「・・えっ、一人で帰れるよ。大丈夫だよ。ありがとう」
「でも、今日は頭も打ってるから心配だし・・ね?」
「......」
「僕と一緒じゃ、いやかな?」

「そ、そんなことないよ。ありがとう」

橘くんの笑顔に半ば押し切られるように、一緒に帰ることにした。