口説き文句は空腹を満たしてから



「まぁ、正直に言うと、途中からほぼ我慢してなかったんですけどね」

「やっぱり!最後の方でご飯のおかわりも、お酒のスピードも上がったなって思ってたんですよ。終盤なのによく食べてるなぁって」

先ほどの伊澤さんのやわらかな笑みと、心がざわつくような言葉に、少しだけ速く打つようになった鼓動に、なんでもないから落ち着きなさい、と心のなかで咎める。そんな様子を誤魔化したくて、今までよりもテンションを上げて言った。

……ちょっと余計なこと考えすぎてる。目の前の牛丼に集中しよう!……の、前に冷めきった味噌汁飲もう。

自分の猫舌を少し疎ましく思いながら、味噌汁に入っていたお麩を一口食べて、耳は伊澤さんの声に集中して言葉を待つ。

「あれで引かれたら、もう関わらなくていいかな、って。自分から関わりにああいう場に行っといてなに言ってんだって話ですけど」

「たしかに、そうですね。

……私がこれ完食して、帰りにコンビニでケーキでも買っていこうとしても、引きませんか?」

伊澤さんのその言葉が、また私の心に何気なく響いて、寸前のところで引っ掛かっていた言葉が、つい出てきてしまった。
今日出会って、お互いのことで知っていることと言えば、よく食べる、ということしかないこの人に、こんなことを言ったってめんどくさくて困らせてしまうだけなのに。