理不尽な怒りを彼にぶつけるように、顔を覆った指の間から、じとっと彼を睨む。
対照的に尚も楽しそうに笑ってゆるやかに私を見つめる伊澤さん。
……こんな深夜の牛丼屋さんで、長年悩んでたことがすとん、と落ちていくなんて誰が予想してたんだろう。
妙にふわっと軽くなった心を、降参だというように、誤魔化すことも無視することもやめて、受け入れる。そんな私に、彼はまた追撃を仕掛けた。
「めがけて投げた言葉なんで、少しでもかすってくれたようでよかったです」
「……もしかして私、今口説かれてます?」
やられっぱなしな状況にいても立ってもいられなくなって、先ほどの伊澤さんのように、にっと笑って少しのいたずらをする。
すると彼は楽しそうな様子のまま、箸を持ち直し、残っていたおかずに手をかけようとする。
「……食べおわってから、よければもっと俺とお話ししません?そうっすね。ここを出たらデザート調達しにいきましょう。そんで一緒にコンビニにケーキ買いに行くまでの道で、今の続きを」
カチャ、と彼の持つ箸と皿がぶつかりあって音をたてる。それにつられて、私も箸を持って目の前のどんぶりを見つめる。
続きを期待する心を落ち着かせるように、未だ空腹を訴える胃に意識を集中させる。
ふたりでご飯に向かって、となりの伊澤さんの耳が少しだけ赤くなっているのを、横目で捉えて、
「こういうのは温かいのがうまいんで」
「……そうですね。じゃあ、」
口説き文句は、空腹を満たしてから。
fin.

