「だから、8月になったら実際にパリに行って確かめて来ようと思うんです。桜さんもつれて」
奏音の顔は、優しく、そうして切なかった。
美鈴は、その表情を見て全てを悟った。
奏音が何を考えているのか、桜と今後どうしようと考えているのか。
「そして、そこで桜さんの手を離そうと思います。きっと桜さんも分かっている。彼女が好きになのは高倉尚だけです。どんなに忘れようと、僕を見てくれようとしていても、心の中にいるのは高倉尚だ。ピアノとは、どこにいても関わることはできますからね」
それは、美鈴が考えていたそのものだった。
「もし、今の話が全然違うものだったら?」
「そうですね……その時はその時でまた考えます」
美鈴は、奏音がどれだけ桜のことを好きなのか、いや、愛しているのか、痛いほど分かった。
「奏音さん、桜のどんなところが好きですか?」
「好きなものに、とことん一筋なところですね。簡単そうで、誰にでもできることじゃない。桜さんの純粋さ、一途さ、それが眩しく見えるんです」
美鈴は、桜のことを好きになってくれた人が奏音で良かったと、心の底から思う。
彼は、爽やかに草花を揺らすそよ風のように、きっと桜のことも癒してくれたんだろう。
美鈴はそう思うと、余計に胸が苦しくなる。
「高倉くんは、ずっとずっと桜が好きです。馬鹿みたいに桜しか見てない。奏音さんが桜のことを好きなように、高倉くんも桜が好きです。いや、きっとそれ以上に好きです。だから私も、奏音さんのように、桜には高倉くんと一緒にいてほしい。桜の心からの笑顔、もう一度見たいんです。ごめんなさい。こんなこと」
「いえ、分かります。きっと私が美鈴さんでもそう思いますよ」
美鈴は、奏音がずずずっとアイスコーヒーを一気に飲むと、ふうっと溜息をついた。



