数週間後、桜はいつもの通り自宅でピアノを教えていた。
グランドピアノが二台、楽譜がたくさん並べられた棚、そしてお洒落なメトロノーム、沢山のトロフィーや賞状がこの部屋にはある。
一日のレッスンも終わろうとしていたその時、扉をノックする音が聞こえきた。
「ごめんね、誰が来たかちょっと見てくるね」
今日のレッスンはこれで最後で、この後に誰かが来る予定はない。
生徒じゃないとすると、一体………。
桜の頭の中には1人の人物が思い浮かばれ、まさかと思いながらその扉を開けた。
「久しぶり」
桜の思った通り、そこには尚の姿があった。
「やっぱり尚。あともう少しでレッスン終わるから、自宅の方で待っててくれる?」
「オッケー」
「もう、来るなら来るで連絡くれればいいのに」
リビングに行くと、飲み物を飲んでくつろぎながら桜の母と話している尚の姿があった。
それは、幼い頃から見慣れている光景だ。
「驚かせようと思って」
と、悪気もなく言う尚。
「全く」
昔から変わらない無邪気な尚に、桜は呆れながらもふっと笑ってしまう。
ピアノを弾いていなければただの無邪気な大人で、ピアノを弾く彼はそんな彼からは想像もできないほど大人に見える。
まるでその姿は別人物だ。
「嬉しいと思ってるくせに、まったく素直じゃないんだから。ね、尚くん」
と、母は呑気に笑いながら尚と話す。
「桜は僕のこと昔から好きだよね」
と、突然尚は桜が考えてもいなかった言葉を発した。
「な、何言ってるの」
それに、明らかに動揺する桜は、まるでロボットが話すような口調になってしまう。
「え、違った?」
「それは……。もう、この話は終わりっ。私、ケーキ買ってくるね」
と、桜は逃げるようにその場から立ち去る。



