音楽のほとりで


すると数分後、奏音の母の言葉通りに父はやって来た。

桜はその姿を確認すると、素早く椅子から立ち上がり奏音の父に向かって挨拶をする。

その様子を見た奏音の父は、口を大きく開けて笑う。

「はははっ、そんなに固くならなくても。さあ、座って」

その声は奏音にそっくりで、その穏やかな話し方もまた奏音にそっくりだった。

「失礼しますっ」

と、やはりどこか緊張していて言葉の端端に小さい『つ』を伴って話してしまう桜に、奏音の両親は顔を見合わせて笑い合う。

「安西桜さん。自宅でピアノを教えてるんだ」

「まあ、すごいわねえ」

「やっぱり、音楽をやっているものは音楽をやっているものと繋がってしまう。これは、なにか運命なのだろうかね」

「そうねえ、お父さん」

「僕の父と母も、音楽繋がりでね。母は声楽を教えていて、父は音楽教育について研究している」

「大学の、先生ですか?」

「ええ、と言っても大したことありませんよ」

桜は、その事実につい後ずさりをしてしまいそうになる。

隣にいる奏音も、その父も、きっと自分よりも数倍も音楽に長けていて、それなのに優しい空気を纏っていて、おごる様子など微塵もなく、自分という存在がちっぽけに感じてしまう。

「そんな、素晴らしいです。私なんてただピアノを教えているだけですから」

「ははっ、いいじゃないですか。桜さんを必要としている生徒がいるってことですよ。それが大切だ。僕は楽器は教えられない。桜さんが羨ましいですよ」

どこまでも、奏音と似ている。

「そんな」

「いやあ、でも、桜さんがいい人そうで良かった。さて、邪魔者はここでいなくなりますか」

「そうですねえ」

と言い、2人はリビングから出ていった。