電車が奏音の実家の最寄りの駅に着いてからは、そこがほとんど桜が利用する駅ではないということもあり、見知らぬ街の景色などに彼女の緊張はもはやこの青空を超えて宇宙にまで達していた。
「では、行きましょうか」
「はい」
それからは、桜は尚の後をついていくだけだった。
2分くらい歩いた時であろう、尚はその歩みを止めて「ここです」と指をさしながら言う。
あまりの近さに桜は思わず「え」と言ってしまう。
桜の前には低層の綺麗なマンションが建っており、尚はその中に入るように指示した。
鍵を使ってマンションの入り口の扉を開ける。
小綺麗なマンションの中には、どこかの風景だと思われる絵が何枚か、そして立派な花瓶にそれに添えられてある華々しい花がある。
桜はそれを見ながら奏音についていく。
「つきました」
奏音はあるドアの前で止まると、そこには確かに『長谷部』と記してある。
特に躊躇することなくインターホンを押すと、そのドアは開けられた。
「あらあ、よくいらして。さあ、入って」
感じの良いおばさまは、さあさあとジェスチャーをして2人を部屋の中に入れた。
桜は言われるままにその部屋に足を踏み入れた。
リビングに通されると桜は手に持っていたマドレーヌを渡す。
「あら、私の大好物のマドレーヌ。ありがとう、わざわざ」
それを受け取ると、さあさあと言って二人を椅子に座らせた。
「お父さんあともう少しで来るから、ちょっと待っててね」



