音楽のほとりで


「桜っ、こっちこっち」

次の日、パリの天気は珍しく晴れていた。

雲はかかっているものの、ところどころから水色の清々しい空が見える。

「もう、はしゃぎすぎ」

「だって、久しぶりの再会だよ」

「まあ、そうだけど」

桜の目の前にいるのは、昨日あのホールでピアノを弾いていた高倉尚だった。

ピアニストであり、桜の幼馴染の彼は、昨日とは全く違う雰囲気でパリの街の中にいる。

このパリという街の中に、溶け込んでいる。

「昨日コンサートの後、来てくれるかと待ってたのに、桜に会うの久々だし」

「ごめんね、日本の人と偶々出会って食事行ってたんだ」

「楽しかった?」

「うん、ホットワインがすごく美味しかったよ」

昨日のあのシナモンと赤ワインと柑橘の香りを、桜は思い出す。

「そっか、よかったね。桜、ホットワイン好きなんだ?」

「うん、普通のワインより好きだよ」

2人は、どこかへ行くわけでもなく、パリの街をふらふらと歩く。

時々、さあっと冷たい風が吹いて2人の間を流れる。

2人で歩くその姿は一見すると恋人のようだけれど、2人の距離は少しだけ離れている。

どちらかが手を伸ばせば届くような、そんな焦れったい距離感を保ちながら、2人は人がたくさんいる広場に来た。