音楽のほとりで


少しすると、両手にホットワインを持った奏音が、桜の好きなシナモンの香りとともに戻ってくる。

「んん、いい香りですね」

直接ホットワインの湯気が鼻の中に入ってきて、先ほどとは濃度の違う香りを楽しむ。

奏音は、桜にそれを渡すのと同時にそう話しかけた。

「本当、心が落ち着く香りです……」

ホットワインを受け取った桜は、目を瞑ってそれを飲む。

すうっと、全身がそれによって温められるのが分かる。

「何かありました?」

「え?」

「いや、心を落ち着けたいことでもあるのかなと。言葉の綾ですよね。僕って言葉をそのまま受け取ってしまう癖があって」

桜は、ただふふっと笑ってそれに答えた。











「今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。ご馳走になっちゃって。今日が初めて会った日なのに」

「いえ、楽しかったので全然気にしないでください」

あの後、2人は軽めに食事を済ませたのだ。

「じゃあ、私はすぐそこのホテルなので」

「あっ…………いや、じゃあ、ここで」

奏音は、何かを言おうとして、結局それを言うことはなかった。

桜は、それに対して何も言うことなく、そのままホテルに向かうのだった。