音楽のほとりで


「寒いですし、ホットワインでも飲みましょうか」

そう話す彼の口からは、白い息が出ている。

「いいですね、私、普通のワインよりホットワインが好きなんですよ。あのシナモンの香りがふわっとするところが」

「分かります、僕もその香りが好きで、家でもよく作るんですよ」

「へえ、自分で。すごいですね。ところで日本ではどこにお住まいなんですか?」

「東京です」

「わあ、一緒です」

「そういえば、名前、聞いてませんでしたね。僕は、長谷部奏音です。奏でる音でかなお。両親が音楽が大好きでこんな名前になってしまいました」

「素敵じゃないですか。いい名前だと思います。私は安西桜です」

「桜さんですか。日本らしくていい名前ですね」

「ありがとうございます」

少し歩くと、ホットワインのお店が2人の目に入ってきた。

その周辺には、それを飲んで話している人たちがたくさんいる。

桜の言うシナモンの香りがふわっと漂ってくる。

まるで、フランスの風物詩とでもいうかのように。

「僕買ってきますから、ここまで待っててください」

「あ、お金」

「いいですよ。今日の誘いに乗ってくれたことへのお礼です」

「あ、ありがとうございます」

そういうと奏音は、1人レジへと向かう。

桜が1人になったその時だった、スマホが着信を知らせる音を鳴らせたのは。

桜は名前を確認すると、すぐにその電話に出た。

「はい。……ごめん、ちょっと用事があって。……明日エッフェル塔のところで会おう。じゃあ、またね」

その電話は1分もかからずに、奏音が帰ってくる前に終わった。